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「パンデミック」は新たな共産主義を生み出すか

新型コロナウイルスが世界的に流行しだしてすぐに執筆された本で,人類社会の先行きについて論じられている.既存の資本主義と新自由主義は,コロナ禍によって,過去の遺物となる.哲学者である著者スラヴォイ・ジジェクは,今こそ,新しい共産主義の出番であると言う.

ここで,私の言う「共産主義」の出番である.曖昧な夢としてではなく,単にすでに起こりつつあること(あるいは,少なくとも多くの人が必然として捉えているもの)の名称としての共産主義.あるいは,すでに検討されつつあり一部は執行されている措置の名称としての共産主義.明るい未来の展望ではなく,むしろ「災害資本主義」に対する解毒剤としての「災害共産主義」の視点である.

実際,市場原理に任せていてはマスクもワクチンも人工呼吸器も十分には行き渡らないため,各国政府は民間に製造を指示した.これは計画経済の在り方だ.また,ロックダウンを含めて,政府が民間の活動を厳しく制限したことで,経済が壊滅的な打撃をうけ,困窮する国民を救うために現金が配布された.これはベーシックインカムのような役割を果たす.これらの措置は,資本主義のなせる技ではなく,むしろ共産主義的なものである.

パンデミック 世界をゆるがした新型コロナウイルス
スラヴォイ・ジジェク,Pヴァイン,2020

実態として行われている戦時共産主義の後には何が来るのか.それはナオミ・クラインの言う「惨事便乗型資本主義」であると著者は指摘している.

この感染拡大の最もあり得る結果は,新しい野蛮な資本主義の蔓延である.体の弱った高齢者が,多数犠牲になって亡くなる.労働者は,生活水準の大幅な低下に甘んじるしかなくなる.生活に対するデジタル管理は,永続的なものになる.階級格差は,生か死かの問題に直結するようになる.

この危機を人類がうまく乗り切ることに失敗したならば,その先に待ち受けているのは,北斗の拳の世界であり,マッドマックスの世界なのかもしれない.

そうならないためにも,野蛮な資本主義による破局を避けるためにも,国際的に調整を行う強い権限を持った組織が必要であるとされる.

それにしても,哲学者はいちいち言い回しが難しい.本書を読むのも楽ではない.それでも,オミクロン株の蔓延が騒がれている2022年初めではなく,2020年の早い時期にこのような論説を発表したのは流石だと思う.

あと,政府やマスコミについて,著者は以下のように指摘している.

国家の運営にあたる者たちがパニックになっているのは,状況をコントロールできていないからだけではなく,彼らの臣民である我々にそのことがばれていると知っているから,である.権力の無能が,今,露呈しているのだ.

もっぱらコロナウイルスだけに注がれるメディアの注目は,中立的な事実に基づいておらず,イデオロギー的な選択が行われている.

今回の新型コロナウイルスに限らず,今後も発生するであろう感染症に罹患するかどうかは,いつも個人的に大きな問題であろう.ただ,それだけではなく,社会や国家の在り方について,どのような方向に進んでいくべきかを考えなければならないし,行動しなければならない.まあ,北斗の拳の世界になっていいなら,考える必要はないのだろうけれども.

目次
序章 我に触れるな。
第一章 我々はみな、同じ舟に乗っている。
第二章 何をこんなに、いつも疲れているのか?
第三章 欧州のパーフェクトストームに備えて
第四章 ようこそ、ウイルスの砂漠へ
第五章 感染流行の五段階モデル
第六章 イデオロギーのウイルス
第七章 冷静にパニクれ!
第八章 監視と処罰? ええ、お願いします!
第九章 人の顔をした野蛮が我々の運命か
第十章 共産主義か野蛮か。それだけだ!!
補遺 友人からの二通の有益な手紙
サマラの約束:古いジョークの新しい使い方
解説:リュブリャナの約束 古い理論の新しい使い方?(斎藤幸平)

© 2022 Manabu KANO.


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