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田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

天然麹菌による酒種パンを世に出した経験を踏まえて,発酵と腐敗そして自然と人間の関係という観点から利潤追求資本主義と決別した「腐る経済」の理念と実践を説いている.マルクスの資本論や共産党宣言それに親父ギャグも登場する.面白かった.

渡邉格,「田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」」,講談社,2017
(2013年に単行本,2017年に文庫本が出ている)

30歳近くになるまで定職についていなかった著者は,「ほんとうのこと」がしたいという心の声に従って,パン屋になることを決めた.まずは修行しないといけないので,ブラックなパン屋に雇ってもらい,ボロボロになるまで働く.

なぜ,こんなに働かないといけないのか.

この疑問が,父親から勧められて読んだというマルクスの「資本論」や「共産党宣言」と結び付く.

著者はサラリーマンにならなかったわけではない.それこそブラック企業に入社して,そこで将来の奥さんと出会っている.価値観を共有する2人は結婚して,千葉でパン屋を開く.転機は2011年の東日本大震災.新天地を求めて岡山へ.築百年超の古民家に棲みつく天然菌,丹精込めて作られた小麦を初めとする食材,そして美味しい水.これらを活かして,天然麹菌による酒種パンを世に送り出し,それは奇跡のパンと呼ばれる.

パン屋として試行錯誤を繰り返す中で得た,発酵と腐敗についての知見と経験が,マルクスの「資本論」と結びつき,あるいはミヒャエル・エンデの「エンデの遺言―根源からお金を問うこと」と結びつき,お金中心の「腐らない経済」から「腐る経済」へ,という理念に昇華する.

私もちょうど地域通貨が脚光を浴びていた頃に「エンデの遺言―根源からお金を問うこと」を読んだことがある.

さて,「ほんとうのこと」がしたいという心の声に従ってパン屋になり,天然麹菌によるパン作りを成功させ,「腐る経済」を説く著者は,どのようにパン屋を経営しているのか.

著者が営むパン屋「タルマーリー」は週4日の営業で,従業員は週休2日と1カ月の長期休暇を取る.そうする理由の1つは,長時間労働は資本家による搾取でしかないということ,もう1つは,様々な経験をして感性を磨き人間の幅を広げるため.それが結果的にパン作りに活かされる.

素晴らしいと思う.

私は学生に対して,大学にいる間に,自分の人生に必要だと思うなら勉強しろ,そして本を読め(年50 冊≒週1冊),スポーツ,芸術,旅行など何でも好きなことでいいから色々な経験をしておけと言っているが,「様々な経験をして感性を磨き人間の幅を広げるため」というのと同じことだと思う.

渡邉格,「田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」」,講談社,2017
(2013年に単行本,2017年に文庫本が出ている)

© 2020 Manabu KANO.

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