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ケンブリッジでの変人対決:ウィトゲンシュタイン vs ポパー

「論理哲学論考」を読んでその難解さに衝撃を受けたくらいで,その人物像は何も知らなかったのだが,ウィトゲンシュタインはオーストリアハンガリー帝国の大富豪の血筋で,父親は鉄鋼王であり,ウィーンのハプスブルク家につぐほどの財産を相続したらしい.しかし,事業には興味がなく,それを全部捨てて,田舎で教師をしたりケンブリッジで教授になったりした.

実家が太いとはこういうのを指して言うのだろう.

そんなウィトゲンシュタインに対して,ポパーが喧嘩を売りに行ったことが知られている.より正しくは,ウィトゲンシュタインが主催する講演会にポパーがゲストスピーカーとして招かれ,その場で,ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで激しい議論がなされたというものだ.ただ,元々,ポパーはウィトゲンシュタインを言い負かす気満々で登壇したらしい.

この大激論が実際にはどのようなものであったか,それが本書のタイトルにある「世上名高い一〇分間の大激論の謎」だ.

ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎
デヴィッド・エドモンズ,ジョン・エーディナウ,筑摩書房,2016

結局,謎は謎のままで放置されるわけだが,その謎以外の話が面白かった.

前述の通り,ウィトゲンシュタインは大富豪だった.一方,同じくウィーン出身のポパーも,父親は弁護士で富裕層だったらしいが,戦争に伴うインフレで全財産がほぼ紙屑になった.ウィトゲンシュタイン家が海外に財産を持っていたので難を逃れたのとは対照的だ.

ウィトゲンシュタインとポパーは共にユダヤ人の血を引いており,ナチスが台頭してきた当時,ナチスから自分が逃れるために,そして家族を逃すために奔走している.ウィトゲンシュタインの場合,その財産を駆使して,オーストリアに居残って危機に瀕した姉たちがユダヤ人ではなくドイツ人であるという認定を得ている.戦費が必要なナチスは,ウィトゲンシュタイン家の莫大な財産を欲したため,ヒトラーが直に裁定を下すほどハイレベルな交渉だったらしい.

それにしても,本書を読むと,ポパーもウィトゲンシュタインも変人だったのは確からしい.しかも極度の変人だ.哲学者とはそういうものかもしれないが.

© 2023 Manabu KANO.

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