見出し画像

「史上最強の哲学入門」で東洋思想を学ぶ

西洋哲学と比較して,東洋哲学の特徴は何か.それは理屈ではなく,自分自身の体験として知ること(悟りの境地に達すること) にある.このため,西洋哲学はその理屈を文字を使って説明すればよい.そうすることで他人に哲学を伝えることができる.一方,東洋哲学はいくら説明しても伝えられない.説明が理解できても,それと悟ることはまったく別物である.

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち
飲茶,河出書房新社,2016

脳の物理的化学的な仕組みを解明しても意識現象を説明できるようにはならない.こういう問題は昔から提起されているように思うが,1994年,デイヴィッド・チャーマーズによるとのこと.

古代ギリシアがそうだったように,古代インドでも暇人(バラモン)が哲学を始めた.梵我一如(宇宙の本質「梵」と自己の本質「我」は同一である)という思想が登場する中,ヤージュニャヴァルキヤが「我とは認識するものである」「それは束縛されず動揺せず害されることもない」という境地に到達する.紀元前600年ごろの話だ.

この梵我一如で古代インドは一変する.身分など関係なく人々が「我」を求めるようになった.そういう人達の中に釈迦がいた.釈迦は出家し,人々と同じく苦行に励むが,過酷な苦行も苦行自慢大会のネタにしかならず無意味だと気付く.そして無我の境地を切り拓き,古代インド哲学に大きな影響を与えた.

釈迦入滅後に仏教は大乗仏教と小乗仏教に分裂する.大乗仏教の龍樹が釈迦の教えを空の哲学として体系化し,般若経としてまとめた.その般若経の要点をまとめたのが般若心経である.般若心経の作者は不明だが,あらゆるものの分別と存在を否定し,我と梵の分別をもなくし,無分別智(般若=智恵)に至ることを目指す.その境地が悟りである.

そして中国.孔子は春秋戦国時代という乱世にあって,仁と礼が重要であると説いた.国王の理想は堯,舜,禹の3王であり,それら賢王の治世を取り戻そうと志した.だが,各国の有力者に巧言令色をもって取り入ろうとはせず,仕官は叶わず,魯国に戻って晩年は人材育成に励んだ.華々しさのない生涯だが,大志に生きた.

孔子と孟子の間,戦国時代に活躍した墨子は兼愛を説いた.自分を愛するように他人を愛せば戦争はなくなると主張した.しかし,墨子の思想に共鳴した集団である墨家は,お花畑思想集団ではなかった.墨家は,侵略戦争を行う国があれば,その対戦国の傭兵として籠城戦を戦った.そのような戦いのひとつで,墨家は楚の攻撃から宋の城を守り抜いた故事から,頑なに守り通すことを墨守という.

孟母三遷で知られる教育を受けた孟子は,性善説を唱え,仁による政治を説いた.各国の王に対して,国が治らないのは王が無能だからであると言い放った.そうして,孔子の教えを継ぐ儒家として最も影響力を持った.孟子は国家においては人民が最も重要であり,君主は軽いとした.紀元前300年にしてだ.恐るべき思想家である.

性善説に立ち仁を説く孟子の対極にあり,かつ双璧をなす荀子は,性悪説に立ち,人間が悪を為さないためには礼が必要であると説いた.また,分(身分)を弁え相応しい生活をせよ,農民,商人,職人から君主までその職能を果たせと述べ,分業の重要性を説いた.荀子は徹底した現実主義の儒家である.

荀子から礼を学んだ韓非子は,国王中心の強国を作ることを目指し,仁というお花畑思想を批判し,刑罰を伴う法による統治を主張し,さらに成果主義を徹底せよと形名賛同を説いた.この献策は韓非子の母国である韓の王には無視されたが,秦の政王の目に留まり,徹底的に実行された.その結果,秦は中国統一を果たし,政王は始皇帝を名乗る.

老子は,天地よりも先に存在し,天地を生み出した混沌を「道(タオ)」と呼んだ.老子が無為自然と呼んだ,分別を捨て我を捨てる境地は釈迦の無分別智,つまり悟りに通じる.上善如水.柔らかな水は道に近い.老子を祖とする道家が中国で仏教を受け入れる土台となった.

老子の後継者とされるのが,戦国時代に活躍した荘子である.荘子は巧みな喩えを用いて老子の思想をわかりやすく説いた.猿が餌に一喜一憂する朝三暮四,夢と現実の区別に触れた胡蝶の夢などである.人間は勝手にモノに名を付け分別し価値判断を行う.そんな区別が本当はないことを知るのが道(タオ)である.

日本で仏教を広めるのに尽力した聖徳太子は「世間虚仮 唯仏是真」という言葉を遺した.その後,最澄が比叡山延暦寺を,空海が高野山金剛峯寺を開いた.空海の密教は貴族に大いにうけたが,仏教の世俗化が進む.

比叡山で修行した親鸞だが,仏教が苦しむ弱者を救えない現実に失望する.そこで,南無阿弥陀仏と念仏すれば極楽浄土に行けると説く法然の弟子となり,「善人なをもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」と述べ,阿弥陀仏の本願で救われるのは自分で善行ができると思っている人ではなく,阿弥陀仏にすべてを頼る他力本願な人であるとした.

臨済宗を開いた栄西と,栄西に学び曹洞宗を開いた道元.いずれも禅だが,不思議なナゾナゾである公案を用いて悟ろうとする臨済宗に対して,曹洞宗はひたすら座禅する只管打坐を特徴とする.いずれも思考から解き放たれることを目指す.

徳川幕府は全日本人がいずれかの寺に属する(檀家になる)ことを義務付けた.これにより寺を中心に戸籍管理が進む.一方,一向一揆のような仏教徒の武装蜂起を防ぐため,布教活動と新宗派設立を禁止した.これらの結果,仏教は檀家からの収入は保証されるも現状維持するばかりとなり葬式仏教となる.

インド,中国,日本における東洋思想,儒教や老荘思想,そして仏教について,とてもわかりやすく書かれている.勉強になった.

© 2021 Manabu KANO.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?