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「なぜ歴史を学ぶのか」に対する答えは?

「愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ」という言葉を聞くと,なるほどそうだなと思える.たとえ,ビスマルクはまったくそんなことを言っておらず,「自分の誤りを避けるため,他人の経験から学ぶのを好む」と言っただけだとしても...

嘘が拡散してしまうと手が付けられない.嘘が井戸端会議で閉じていた頃は良かったのかもしれないが,誰もがSNSで世界と繋がることができて,簡単に嘘を広められるようになった現代において,フェイクニュースは重大問題になっている.

しかも,アメリカ合衆国大統領という立場で嘘をつく.歴史的事実を捻じ曲げる.ホロコーストはなかったという言説,慰安婦はいなかったという言説など,多くの論争がある.歴史教科書の内容についても揉め続けている.

このような時代にあって,歴史学に何ができるのか.これを明らかにしようとするのが本書「なぜ歴史を学ぶのか」である.著者のリン・ハントは,フランス革命史を専門とする歴史学者であり,アメリカ歴史協会会長も務めた大御所である.

なぜ歴史を学ぶのか
Lynn Hunt (著),長谷川 貴彦 (翻訳),岩波書店,2019

歴史修正主義.この言葉には,とても悪いイメージがつきまとっているように思うが,歴史は修正されるべきものである.新しい証拠が提示されれば,必要に応じて,歴史が修正されるのは当然だろう.それがダメな訳がない.

歴史には,事実と解釈がある.事実が合意されたとしても,その解釈は必ずしも合意されない.そこに論争が生じる.これはやむを得ない.合意が得られないからと言って,その歴史を学ぶことに意味がない訳ではない.歴史を学ぶことに大いに意義がある.本書「なぜ歴史を学ぶのか」には次のように書かれている.

歴史はエリートによるエリートのためのエリートについての研究として始まった.しかし時間がたつにつれて,歴史の記述や教育も変化してきた.歴史は民主主義社会の防衛のための最前線ではないかもしれないが,最前線に近い位置にあることは間違いない.なぜなら,歴史の理解は,嘘を構成する事実誤認という霧のなかをかき分けて進む能力を高めてくれるからである.さらにいえば,歴史は,アイデンティティをめぐる論争に常に再生可能な領域を提供し続けてくれることで,民主主義的な社会を強化してくれる.新たな関心,新たな研究,新たな史料,これらが,そうした領域を再活性してくれる.再生と論争の過程で,集団,国民,世界はより強固な基盤を手にすることができる.

我々が過去を知るために必要なのは好奇心や意志の力であると著者は述べている.なぜ過去を知る必要があるのか.リン・ハントは最後にキケロの言葉を引用している.

生まれる前に起こった事柄に対して無知でいることは,子どものままでいることを意味している.なぜなら,人間の一生が価値をもつのは,それが歴史の記録によって先人たちの生きざまのなかに組み込まれた場合に限られるからなのである.

ともかく,歴史は面白いし,知って損をすることはない.

© 2021 Manabu KANO.

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