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「ローマ帝国衰亡史」が実に面白い

歴史から学ぶべきことは多い.しかし,面白くも何ともない歴史書を読むのは苦痛である.その点,歴史家エドワード・ギボンによる「ローマ帝国衰亡史」は,1776年に発売された古典でありながら,ウィンストン・チャーチル,ジャワハルラル・ネルー,アダム・スミスなどを魅了してきたと言われるだけだって,実に面白い.

[新訳]ローマ帝国衰亡史
エドワード・ギボン,PHP研究所,2020

本書の「はしがき」には次のように書かれている.

文明の創造にも係わることとして,国家間の競争においては,先進諸国の一員とはなり得ても,筆頭とはなり得ず衰えていった国が数多くあることを,歴史は教えています.すなわち,新興国からやがてその文明圏で第一等の国となり,時代を画した国は,ごく少数にすぎません.現代日本もまた,必然,右のいずれかの途をたどります.

では,我が国の衰微の途を回避し,東洋文明の顕揚にもつながる歴史的繁栄への途を歩むためには,いったい,どのようなことが求められているのでしょうか?

方途は,ただひとつ.それには,しかるべき文明史的判断のうえに立ち,あらためて,西洋いわゆる欧米についてよく学び,学びつくして,あらゆる面で欧米を越える以外にありません.

ここに,その努力の一環として,西洋の母体である古代ローマ帝国の歴史に,すべての日本人があえて—若干の—関心をよせるべき理由があるといえましょう.

その通りなのだが,既に手遅れになった感がある.もはや日本は先進国ではなく,発展終了国と成り果てた.凋落先進国と言えるかもしれない.そのような日本の行き先を,このローマ帝国衰亡史に見いだせるのかもしれない.

ローマ帝国の歴史には,膨大な数の皇帝が登場する.ローマ帝国全体を率いた皇帝もいれば,東西の帝国を別々に治めた皇帝もいれば,一時期には最大で6名の皇帝が帝国を治めたこともあった.明君もいれば,暗君もいた.どのような人物を戴くかによって,ローマ帝国の運命は大きく変わった.

例えば,ギボンも大絶賛しているユリアヌス帝の超人ぶりは凄い.

かれ(ユリアヌス帝)は粗食ー通常,菜食であったーで,しかもわずかな量しか食べなかった.そのため,いつ如何なるときも心身に障りがなく,帝務のほか,著作者や祭司長,行政官や将軍,といったさまざまの役をこなすことができたといわれる.

かれ(ユリアヌス帝)は,手では文を草しつつ,耳では報告を聴き,口では口述を進めるといった,三つのことを同時に,しかも躊躇も錯誤もなく考えることができた.その思考の柔軟さ,その注意力の堅確さたるや,まさに驚嘆に価するものであった.

しかしながら,ユリアヌス帝は,逆境にあっては毅然としてこれに耐え,隆盛にあっては抑制をもってこれに処している.まさに,アレクサンデル・セウェルス帝没後から百二十年の後,ローマ人はユリアヌス帝のなかに,義務と娯楽を分かたず,臣民の生活を心にかけ,かれらを助け,励まし,そしてつねに権威と美質,幸福と廉潔,こうした要素をともに兼ね備えたいとねがう皇帝をはじめてみとめたのである.

本書「新訳 ローマ帝国衰亡史」は,エドワード・ギボンによる「ローマ帝国衰亡史」の全文訳ではなく,一部を抜粋したものである.その代わりに,「解説」が示されており,これが実に良くまとめられており,全体像を把握するのに役立つ.

もし,「ローマ帝国衰亡史」を読んだことがないという人がいれば,本書を手にするのは悪くない選択だと思う.

第I章
●初代皇帝アウグストゥスがあたえた指針
●トラヤヌス帝による版図拡大
●内政を充実させた後継者たち
●帝威を支えた兵制と軍事力
第II章
●寛容な宗教政策
●ローマ帝国における奴隷たち
●諸皇帝が威信をかけた公共事業
●途方もない富豪の財力
●世界各地との交易
解説帝政初期の皇帝たち
第III章
●哲人皇帝の人柄
●帝権が不肖の子に
●皇帝の淫虐と愚行
●暴帝の最期
解説 コンモドゥス帝の死後からフィリップスの登位まで
第IV章
●混乱の時代
●反乱軍、元老院議員デキウスを皇帝に
●移動をはじめた諸蛮族
●入れ替わる帝座の主たち
●ローマ皇帝が敵の捕囚に
●三十人僭帝
解説 帝国再建期の皇帝たち
第V章
●帝国の再建者ディオクレティアヌス
●僚帝マクシミアヌス
●帝国の四分統治
●ローマ領内に定住する蛮族
●沈みゆくローマ市の地位
解説 ディオクレティアヌス帝の帝政とその治績
第VI章
●コンスタンティヌスの登場
●同時に六人の皇帝が在位
●マクシミアヌス、ガレリウス両帝の死
●四皇帝による覇権争い
●コンスタンティヌスとマクセンティウスの対決
●新帝都コンスタンティノポリスの建設
解説 キリスト教の発展と神学論争の論点
第VII章
●不死にたいする信仰
●原始キリスト教会の奇跡
●異端にたいする迫害
●収まらない神学論争
●荒野の修道院
解説 コンスタンティヌス帝および子息帝らの治世とユリアヌスの登場
第VIII章
●奸臣たちの策略
●「親愛なる兵士諸君よ! 」
●せまる内戦に向けて
●ガリア軍の快進撃
●コンスタンティウス帝の急死
●ユリアヌス帝の人間模様
解説 ウァレンティニアヌス帝とウァレンス帝
第IX章
●「ゲルマン民族大移動」のはじまり
●領内定住をもとめるゴート族
●ローマ軍の敗走
●帝国の命運を決したハドリアノポリスの戦い
●テオドシウス、東の皇帝に
解説 テオドシウス帝の治績と帝国の最終分裂
第X章
●平民の生活
●公衆浴場の模様
●大競技場における催し物
●蛮族に包囲された「永遠の都」
●蛮族王の圧力による新帝推戴
●アラリックによる怒りのローマ市略奪
解説 西の帝国の衰亡にいたる経緯
第XI章
●滅亡の因はどこに
●膨張と自壊
●キリスト教の影響
●ローマ史が教えるもの
●人類の進歩について
解説 その後の東の帝国とユスティニアヌス帝の時代
第XII章
●若き日のテオドラ
●皇帝を救った皇妃の言葉
解説 ビザンティン帝国の素顔
第XIII章
●モハメッドの誕生
●預言者の風貌と人柄
●イスラムの教義
●コーランとは
●モハメッド以後のアラブ世界
解説 イスラム勢力の発展と東ローマ帝国の衰亡
第XIV章
●攻城開始
●燃え上がる最後の炎
●オスマン艦隊の山越え
●帝都最後の日
●総攻撃、開始
●皇帝の戦死と落城
●侵された聖域
●残照のなかで
終章
●栄華の跡
●忘れ去られた過去
●近世のローマ市
●本衰亡史の回顧と著者の結語
解説 ローマ帝国の遺産

© 2022 Manabu KANO.


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