見出し画像

「人類と科学の400万年史」で人間味溢れる科学者たちの活躍と苦悩を知る

人類の歴史を教えてくれる本を読むのは楽しい.ただの年表であったり,出来事の羅列ではなく,登場人物に光をあてて,エピソードをちりばめながら,物語として読ませてくれるものが好きだ.

本書の著者レナード・ムロディナウは,物理学者であると共に,テレビドラマの「新スタートレック」や「冒険野郎マクガイバー」などの脚本執筆も手掛けている.観客を楽しませるのには慣れているわけだ.

この世界を知るための人類と科学の400万年史
Leonard Mlodinow,河出書房新社,2020

本書「この世界を知るための人類と科学の400万年史」では,古代文明を誕生させるに至った名もなき古の人達から始まり,ピタゴラスやアリストテレス,そして科学革命を担ったガリレオ,ニュートン,メンデレーエフ,ダーウィンら,さらに量子の世界への扉を開いたプランク,アインシュタイン,ハイゼンベルグ,シュレーディンガーらの活躍が,その他の多くの哲学者や科学者の成果と関連付けて紹介されている.しかし,単なる科学史ではない.

木から林檎が落ちるのを見たその瞬間に,ニュートンが万有引力の法則を発見したわけでも,ニュートン力学を完成させたわけでもない.アリストテレスが築き上げた世界観を打破するには,まさに革命的な思想の変革が必要だった.確かにアイザック・ニュートンは天才だったろうが,「プリンキピア」を完成させるまでには途方もない時間がかかっているし,錬金術に手を染めるなど紆余曲折もしている.天文学者ハレーとの出会いがなければ,ニュートンの研究は結実していなかったかもしれない.不幸な少年時代を過ごしたし,人間的にも色々な問題を抱えていた.

陶磁器で有名なウェッジウッドの創業者の孫として生まれたダーウィンは,裕福で恵まれていた.だからこそ,偶然にも自分のところにビーグル号への招聘状が届いたときに,手を挙げることができたのだろう.しかし,ガラパゴス諸島でフィンチの嘴を観察しているときに,適応や適者生存,ましてや進化論を思い付いたわけではない.すべては帰国後のことであるし,神学を専攻し,信心深かったチャールズ・ダーウィンは,自分の信仰と進化論との折り合いをつけなければならなかった.進化論を公表すれば,猛攻撃に晒されることは明らかだったため,その公表を躊躇った.また,証拠の収集に余念がなかった.20年.ダーウィンが自説の構築に取りかかってから「種の起源」を発表するまでに,実に20年もの歳月がかかった.

そして,ニュートン力学の世界観を崩壊させた量子論.その扉を開く一翼を担ったアインシュタインでさえ,遂に量子を受け入れることができなかった.それほどまでに,まったく新しい考え方を受け入れることは難しい.量子を見出したマックス・プランクは有名な言葉を残している.

新たな科学的真理は,それに反対する人たちが納得して理解することによってではなく,反対する人たちがやがて世を去り,その真理に慣れ親しんだ新たな世代が成長することによって勝利を収める.

天才科学者たちが量子とどのように関わり,量子力学がどのように纏め上げられていったかを著者は紹介しているが,そこには科学者達の苦悩が映し出されている.

改めて,科学の進歩に驚嘆すると共に,科学的な方法を作り上げ,人間自身も含めたこの世界の謎を解き明かしてきた人間の知的好奇心の凄さを痛感した.

© 2021 Manabu KANO.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?