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「奇跡の経済教室」でデフレから脱却できない原因とその犯人を学ぶ

経済教室基礎知識編というタイトルだが,マクロ経済学やミクロ経済学について解説する普通の教科書ではない.著者が伝えようとしているのは,「なぜ日本はいつまでたってもデフレ不況から脱することができないのか?」という疑問への回答である.そして,デフレなのにインフレ対策に明け暮れる政府と主流派経済学者を無能だとぶった切る.実に痛快だ.

中野剛志,「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」,ベストセラーズ,2019

まず,平成以降20年にもわたって日本の経済が全く成長しなくなり,先進国グループから脱落した理由を明確にする必要がある.本書はその最大の理由がデフレであると指摘する.

デフレの状態では,物の価値に対して貨幣の価値が上がり続けるので,支出を抑制してお金を蓄えるのが合理的な行動となる.だから,個人は消費を減らして貯金をし,企業は投資をせずに内部留保を増やす.誰も物を買おうとしないのだから,不景気になる.

賢い個人や企業がお金を使わないのは,それが合理的な行動だからだ.誰もが合理的に行動する結果として,ますます物は売れなくなり,デフレが進行する.まさに「合成の誤謬」だ.ミクロに見ると誰も悪くないのに,マクロで見ると全体としては悪い結果に行き着く.

この状況を打開するためには,誰かがお金を使わないといけない.デフレ下でそれができるのは政府しかない.しかし,日本政府はその逆を行く.そもそも,デフレーションで需要不足・供給過剰が問題になっているのに,消費税を増税して,さらに消費を落ち込ませている.

本書で挙げられているデフレ対策は,財政支出拡大,減税,金融緩和,産業保護,労働者保護といったものである.結果的に,大きな政府を指向することになる.これらの施策は,当然,インフレ対策の反対だ.

ところが,日本は,財政健全化の御旗の下,とにかくお金を使おうとしてこなかった.著者は次のように指摘している.

平成日本は,デフレ下にあったのに,新自由主義のイデオロギーを信じ,インフレ対策(財政支出の削減,消費増税,規制緩和,自由化,民営化,グローバル化)をやり続けた.その当然の結果として,平成日本はデフレから脱却できず,経済成長できなくなった

日銀は量的緩和を続けてきたが,それだけではダメだとも指摘している.

量的緩和(マネタリー・ベースの拡大)では,貨幣供給量は増えない.貨幣供給量を増やすのは,借り手の資金需要である.デフレ下で貨幣供給量を増やすためには,政府が資金需要を拡大するしかない(財政出動).財政政策こそ,貨幣供給量を操作する金融政策である.

政府が財政支出を増やして財政赤字が増えると財政危機に陥る/財政破綻するという意見がある.特に,国債発行額が増えることに嫌悪感を抱く人は多いようだ.しかし,著者は次のように指摘している.

政府は,自国通貨発行権を有するので,自国通貨建て国債が返済不能になることは,理論上あり得ないし,歴史上も例がない.政府は,企業や家計と異なる.

通貨を発行できる国が家庭と同じであるはずがないのに,財務省は国家財政を家計に例えて,財政危機を煽る.

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著者は財政赤字について次のように説明する.

財政赤字の大きさ(対GDP比政府債務残高など)は,財政危機とは無関係である.

財政赤字の大小を判断するための基準は,インフレ率である.

財政赤字を拡大しても,それだけでは金利は上昇しない.デフレを脱却すれば金利は上昇するが,それはむしろ正常な状態である.金利の上昇は,日銀の国債購入によって容易に抑制できる.

日本の財政危機を叫ぶ人達の主張とは真っ向から対立する.しかし,日本の財政破綻を予見してきた人達は,ずっと予想を外している.主流派経済学者と呼ばれる人たちもそうだ.このため,本書では,具体的に人物とその主張を取り上げながら,主流派経済学者がいかにデタラメな主張を繰り返してきたかを指摘している.彼らが間違う原因も明らかにされている.

主流派経済学は,過去30年間で,進歩するのではなく,退歩した.主流派経済学者は,一般均衡理論という,信用貨幣を想定していない非現実的な理論を信じている閉鎖的な集団の一員である.

とにかく,20年以上もデフレ不景気を国民に押し付けてきた事実を認めて,原因を分析して,改めることからだ.それをしないから,いつまでたってもデフレから脱却できない.

本書では,デフレ脱却策や主流派経済学者批判の他にも,貨幣とは何か,税とは何か,という基本的なところも解説されている.「基礎知識編」というタイトルにふさわしい.加えて,現代貨幣理論(MMT)についても簡単に説明されている.

経済学は難しそうと感じる人でも気楽に読めるので,こういう見方もあるのだなと知ってもらいたい.

中野剛志,「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」,ベストセラーズ,2019

© 2021 Manabu KANO.

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