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本の紹介・読書の記録

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#小説

AI 2041:人類は人工知能をうまく扱えるか?

とても面白く刺激的な思考実験小説と技術解説だ.生成AI・基盤モデルが劇的な進化を遂げる今,自分の頭だけで考えられることなんて僅かだが,こういう本などを読んで刺激を受けたうえで,色々と考えてみることは大切だろう.果たして,20年後の人類社会はどうなっているのか.人類は人類の幸福のために人工知能をうまく使えるだろうか. 本書「AI 2041 人工知能が変える20年後の未来」は,人工知能に関連する技術を取り上げて,合計10個の小説として20年後(2041年)の未来社会を描いている

「同志少女よ、敵を撃て」の敵は誰なのか

タイトルそのままの内容だと思って読み始めたが,ソ連の少女狙撃手が敵国ドイツ兵を撃つという,そんな単純な話ではなかった.いや,確かにそういう話なのだけれども,セラフィマが自分自身の正義のために撃つべき敵は他にもいた.戦争時における個人の敵とは一体何なのか. ともかく,クズに戦争を起こせるような権限を与えてはいけない. 2022年に話題になり,第11回アガサ・クリスティー賞大賞や本屋大賞を受賞した「同志少女よ、敵を撃て」を,遅ればせながら読んだ.図書館で予約したのだが,予約数

不倫自伝小説「シンプルな情熱」を読む

毎年,ノーベル文学賞受賞作家の作品を読むようにしている.そうでもしないと,なかなか小説を読まないので.2022年はフランスのアニー・エルノーだった. 代表作を調べることもなく,図書館の検索結果で目に付いた作品を2冊予約した.そのうちの1冊が本書「シンプルな情熱」だ. 冒頭からインパクトが凄い. 本書は,離婚した女性教師と東欧の妻子ある外交官の激しく「シンプルな」肉体関係を描いた自伝的小説である.社会的に評判になった小説だが,賛否両論あったらしい.フランスでは,女性の評論

最期が衝撃的な「ヘヴン」

心残りは「ヘヴン」がどのような絵なのかわからないままなことだ. 2022年の「ブッカー国際賞」最終候補作であり,芸術選奨文部科学大臣新人賞と紫式部文学賞のダブル受賞作でもあるということで,「ヘヴン」を読んでみた. 全体を通して,こういう話は好きじゃない.読むことも気乗りしない.本書「ヘヴン」を読みながら,何度かページをめくるのを止めつつも,それでも,なんとか最期まで読み切った.そこに描かれていた公園でのラストシーンは衝撃的だった. 人それぞれ,できることとできないことが

三体のアイディアが詰まる劉慈欣短篇集「円」で久しぶりのSFを楽しむ

タイトルの通り.久しぶりにSF小説を読んだ.計13の短編が収録されていて,その中には印象に残った作品も残っていない作品もあるが,総じて,発想が凄いなと思う. とりわけ吹っ飛んでいるのは「郷村教師」か.貧しい村の名もなき小学校教師による「最後の授業」が銀河炭素生命連邦艦隊の行動を左右するとか. 円円みたいに,何かに熱中し続けて,自由に熱く生きるのもいいなと思った. 「円」は最後の作品のタイトルだが,円周率の円だった.不死を求めた秦の始皇帝と円周率がこんな風に結びつくとは.

「流浪の月」を読みながら夕食にアイスクリームを食べようか

2020年本屋大賞受賞作ということで手に取ってみた.ファミリーレストランで始まりファミリーレストランで終わる話だ.読んでいる途中,夕食はアイスクリームでいいかと思った.結局そうしなかったのは,それほど自由でないからなのかもしれない. トネリコがどんな植物なのかピンとこなかったので,ググってみた. トネリコって,こんなに大きくなるのか... それほど成長することを期待されながら,でも成長できない自分に気付いてしまったときの,絶望. 成長できず,引き抜かれてしまったトネリ

プロ棋士になる夢を絶たれた「将棋の子」の人生は壮絶だった

とても良かった.日本将棋連盟で職を得て「将棋世界」の編集長を務め,数多くのプロ棋士と交流してきた著者が,プロ棋士になる夢を絶たれた若者たちのその後の人生に目を向けたノンフィクション. 将棋のルールを知らなくてもまったく問題ないし,将棋に限らず勝負の世界に共通する残酷さが胸に突き刺さるので,是非読んでみて欲しい. 舞台は「奨励会」の3段リーグ.奨励会はプロ棋士養成選抜組織で,ここで上位2位以内に入れば,4段に昇段できる.これがプロ棋士になるための必要条件だ. そこには厳し

「変身」したからどうだというの?

「第一次大戦後のドイツの精神的危機を投影した世紀の傑作」「現代人の不安と孤独をあらわにした最高傑作」などと書かれているのだけど,さっぱりわからない.何が凄いのか,誰か文学の素養のない人間にもわかるように解説して... 変身 フランツ・カフカ,新潮文庫,1952 「事実のみを冷静につたえる、まるでレポートのような文体が読者に与えた衝撃は、様ざまな解釈を呼び起こした」という評も見掛けたのだけど,一切の感情を排して事実のみを述べている話なら,アゴタ・クリストフの「悪童日記」に始

ツール・ド・フランスを舞台に事件が起きる「スティグマータ」

プロが競い合う自転車ロードレースにも様々な種類があるが,とりわけ有名なのがグランツールだ.2週間以上にわたってレースが繰り広げられ,その走行距離は3000kmにも及ぶ.ツール・ド・フランス,ジロ・デ・イタリア,ブエルタ・ア・エスパーニャの3つがグランツールと呼ばれる.自転車選手の憧れの舞台でもある. グランツールの中でも特に有名なのがツール・ド・フランスだろう.「スティグマータ」は,そのツール・ド・フランスを舞台にした小説である. 近藤史恵,「スティグマータ」,新潮文庫,

嘘つきアーニャの真っ赤な真実

1960〜1964年にかけてプラハのソビエト学校で少女時代を過ごした著者とその友達の物語.ソビエト学校には50カ国以上から子供たちが集まってきていたというが,彼らに共通しているのは,親が共産主義者であるということ.日本人のマリもそんな父親に連れられてプラハに住み,ソビエト学校に通うことになった. 嘘つきアーニャの真っ赤な真実 米原万里,角川書店,2004 本書では,ギリシア人のリッツァ,ルーマニア人のアーニャ,そしてユーゴスラビア人のヤスミンカと一緒にソビエト学校で過ごし

大学自転車部の話「キアズマ」

自転車ロードレースに出たことも出るつもりもないのだけれど,ロードバイクでのサイクリングが大好きで,ツール・ド・フランスやパリ〜ルーベのようなレースを見たりもするので,「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」に続いて,この「キアズマ」も読んでみた. 近藤史恵,「キアズマ」,新潮文庫,2016 これまでの「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」はプロチームの選手達の話だったけれども,「キアズマ」は大学の自転車部が舞台だ.続編というわけではなく,独立した話になっている.

学生時代に不勉強だった人は,社会に出てからも,かならずむごいエゴイストだ

ある16歳の日記.四月十七日.土曜日. 或る英語の時間に、先生は、リア王の章を静かに訳し終えて、それから、だし抜けに言い出した。がらりと語調も変っていた。噛んで吐き出すような語調とは、あんなのを言うのだろうか。とに角、ぶっきら棒な口調だった。それも、急に、なんの予告もなしに言い出したのだから僕たちは、どきんとした。 「もう、これでおわかれなんだ。はかないものさ。実際、教師と生徒の仲なんて、いい加減なものだ。教師が退職してしまえば、それっきり他人になるんだ。君達が悪いんじゃ