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【怪異譚】店内放送

 東北地方に、かつてあった遊園地で勤務していた西川さんから聞いた話である。

 今から30年ほど前のこと、西川さんは遊園地でアトラクションスタッフとして働いていた。

 千葉や大阪などの巨大テーマパークと違い、地方の遊園地などは、日曜日や祭日などはまだしも、平日となると、団体客でもいない限りは、きわめてお客さんの数は少ない。
 天気が悪いと、お客さんよりもスタッフの方が数が多いということも稀ではなく、下手をすると、お客さんが誰も来ないという日もある。

 そういう時には、スタッフはアトラクションを離れて、園内の草刈りなど、普段手が届かないところの整備をしたりする。
 そして、お客さんが入場すると、自分の担当しているアトラクションに戻るのだ。
 そのような時の為に、最初のお客様が入場した時に、スタッフだけが分かる言葉で店内放送がある。いわゆる隠語での放送というやつだ。

 その遊園地では「業務連絡です。ウタグチ課長、事務所までご連絡ください」であった。
 客という字がウ冠で各という字がカタカナの”タ”に漢字の口(くち)と読めるからであった。
 もちろん、そんな名前のスタッフはいなかった。

 その日も、平日で、天気もよくなかったので、ウタグチ課長の呼び出しはなかった。
 西川さんは、室内にあるアニマルカーなどのメンテナンスをしていた。

 ふと、同じ室内にあった売店の方を見ると、黒い服を着た5歳くらいの女の子の姿が見えた。
 お客さんは入っていないはずなのに、なんで女の子がいるのだろう、と不思議に思ったが、もしかして出入り業者か、スタッフの家族が遊びに来たのかな?などと思っていた。
 時に、正式な入り口ではなく、搬入口から、そういう人たちが入ることがあるからだ。
 しかし、まわりに他のスタッフはいなかった。売店のスタッフも、お客様が入っていないということで倉庫のストック整理などをしていた。
  女の子は、何かを探しているのかキョロキョロと辺りを見回していた。
 そして、探し物を見つけたように、西川さんから逆の方向に一目散に駆けていった。

 外に出ると危ない。西川さんは、そう思った。
 外で作業をしているスタッフたちは、お客さんがいないという前提で作業をしている。
 園内にお客さんがいたら出来ないような危険な高所作業や、園内作業車などを走らせているのだ。
 あわてて、追いかけようとすると、女の子はもう見えなくなっていた。

 安全確認をと思い、内線で店内放送のスタッフに「園内にお客様がいるかもしれない。」と告げると、そのスタッフは怪訝そうな声で、「それって、もしかしたら5歳くらいの女の子ですか?」と逆に訊いてきた。
 西川さんは驚き、次の言葉が出なかった。
 店内放送のスタッフは

「最近、2回位、立て続けにあったんですよ、その報告。
 人がいない園内に女の子が遊んでいると。
 気づくと、いつの間にかいなくなっているけど、念のために報告すると。
 特にそれで事故が起きたとか、そういうのは無いみたいですけど、少し気味が悪いですよね。
 念のため、ウタグチ課長、呼んでおきます」

 そう言えば、今月になってから、お客さんの姿が見えないのに、ウタグチ課長の呼び出しがあったな、西川さんは、そのことを思い出した。
 
 そんなことが、その後、何回かあったようで、店内放送には「クロイレイコちゃんという5歳くらいの女の子が迷子になっています」という放送が加わった。
 「黒い(服を着た)霊子ちゃん」という隠語だ。
 「お客さんが園内にいると報告があったが、お客さんは、入場してません」という特殊な時にだけ、使われていたらしい。
 その遊園地では、とりたて事故なども無かったし、遊園地になる前はいわくつきの土地だったという話もない。
 だから、そのような話が出ること自体が不思議なのだ。
 「今思うと、座敷童的な存在だったのかもしれませんね。もっともすぐに遊園地はつぶれてしまいましたが」と松本さんは、その不思議な存在について教えてくれた。

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