【怪異譚】ぼんのこ
新潟県の漁村に住む遠藤さんから聞いた話である。
遠藤さんは子供の頃、夜の海、とりわけお盆の頃の夜の海には近づいてはいけないと両親や周りの大人に言われていた。
”ぼんのこ”が怖いからなぁ、そう言っていた。
遠藤さんは、そもそも”ぼんのこ”が何かは分からなかったが、そうでなくても夜の海は、何か吸い込まれそうで怖かったので、近寄ることは無かったが。
遠藤さんが、小学4年生の頃の話だが、ちょうどお盆の頃に、遠藤さんの同級生の小竹くんの親戚の子が遊びに来ていた。おそらく、お盆の墓参のついでだったのだろう。
関東の方の子だったそうで、海で遊ぶことがとにかく楽しみにしていたそうで、遠藤さんも、昼間、一緒に岩ガキやサザエなどを取って遊んでいたそうだ。
夜も、浜辺で花火をしないかと誘われたが、ちょうどお盆だし「ぼんのこ」が怖いのでと誘いを断った。
その夜、遠藤さんの家を含め、近所が一斉に騒がしかった。
ただ、遠藤さんは、子供だったということもあり、家から外へは出ることが出来ず、真相を次の朝に知ることになる。
遠藤さんの同級生の小竹くんの親戚の子とその父親が、波にさらわれ行方不明になり、遺体で見つかったということだった。
後に話が落ち着いてから聞いた小竹くんの話では、その夜は浜辺で一族の親子あわせて10人ほどで、花火をしたり、夕涼みで飲んだりして遊んでいたそうだ。
すると、佐渡島の辺りから、3つほど、橙色の光が並んで、かなり速いスピード(フェリーぐらいの速さに見えたそうだ)で近づいてきたという。
「あれは何?」と小竹くんが、親のグループに聞くと、祖父が「ぼんのこだ、逃げろ」と叫んだ。小竹くんも、普段から「ぼんのこには気を付けろ」と言われていたので、慌てて浜辺から逃げ出したという。
ただ、親戚の子は「ぼんのこ」を知らなかった。そして、その親も知らなかった。
慌てて、浜辺から逃げ出し、浜辺を見下ろす高台に、一族の皆が集まった頃、3つの光に飲みこまれていく2つの影と、そして小竹くんの親たちの、怒号とも嗚咽ともとれるような叫び声が生々しく記憶に残っていると、涙を浮かべて語っていたそうだ。
遠藤さんは、その話を父親にしたところ、父親は教えてくれた。
「ぼんのこ」は、盆の光、”ぼんのこう”と言うものだ。
昔、この海岸で、近海漁をしていた漁師たちが、大漁だった日、それまで凪だった海岸が一転、青空だというのに、大波になるということがあり、いくつもの舟が転覆し、何人も亡くなったという。
その事故があった翌年から、お盆の季節になると、沖の方から舟の光のような不思議な光がいくつも浜辺に向かってくることがあり、その度に夜の海にさらわれる者がいたという。
地元の者は、事故で亡くなった漁師たちが、お盆だから帰ってきて、仲間を連れて行こうとしているのだろうと怖れ、夜の浜辺で沖の方から光が見えてきたら、逃げろと言われている。
最近では、地元の者は見ることそのものを恐れ、お盆の時期は夜の浜辺にはいかないのだが、十分に気を付けていても、やはり呼ばれるのだろう、と。
「ぼんのこ」が現れた海岸は、海岸浸食と、それにともなう護岸工事などにより、現在はほとんど浜辺は無いに等しいという。
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