見出し画像

【怪異譚】猿の置物

 最近の怖い話の中でも、現代的な流行話として、「ネットオークションで買ったもの」の話がある。
 それは「呪物」であったり、「呪われた人形」であったり、「幽霊画」であったりと、怪異や不幸をもたらすものが、数多あるネットオークションの出品物の中に紛れ込んでいたりするのだ。

 都内の会社で経理事務をしている松本さんも、そんな体験を最近したと言う。
 と言っても、松本さんは「呪物」などに興味があるわけでない。
 むしろ、オカルトよりはファッション、インテリア、グルメなどに興味がある普通の20代の女性であったし、そのような怖い話などは、全く聞きたがらないほどの怖がりであった。

 ただ彼女の趣味は、どちらかというと和物とよばれるものが好きで、とりわけインテリアに関しては、和モダンといった感じの装飾を好んでいて、ひとり暮らしの女性には少し似つかわしくないような薬箪笥などを、それこそネットオークションで、結構な額で購入していた。

 そんな中で、また好みの和物は無いかとネットオークションサイトを見ていると、あまり他では見たことがないものを見つけた。
 「猿の置物」と題されたその出品物は、石に彫られた猿のレリーフであった。
 日光東照宮にあるような三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)で、大きさは20cm四方とある。
 彫られた猿は、どことなく愛嬌があり、松本さんは、一目見て気に入り、値段も1万円とそれほど高くなかったことから、すぐさまそれを購入した。

 届いたそれは、思っていたよりも古びていたが、アンティークなワンポイントとして、リビングのコーナーラックの一番下の段に置いた。
 コーナーラックには上段に一輪挿し、中段にミニチュアの蛇の目の番傘のオブジェ、そして下段に猿の置物である。

 どことなく愛嬌があり、それでいて厳かにも見えるそれは、松本さんの部屋を、豪華に彩ると彼女は思った。

 猿の置物が届いた日、松本さんはおかしな夢を見た。
 部屋の隅で、小さなおじさんが固まって、松本さんの悪口を言っている。
 悪口を言っているのは分かるのだが、身体が動かず、ただ嫌な感情だけが、身体を支配する。
 たまり切れず必死に身体をもがこうとする所で目が覚めた。寝汗で身体はビッショリと濡れており、喉がひどく渇いていた。
 水を飲もうと、ベッドから置き、キッチンに向かうと、部屋の隅が気になった。夢で自分の悪口を言っていた小さなおじさんの存在が気になったのだ。
 もちろん、何もいなかったが、猿の置物と目が合ったような気がした。こころなしか、猿は悲しそうな眼をしているように見えた。

 結局、その夜は寝付けずに一晩を過ごした。

 その日から、松本さんは不眠に苦しむようになった。
 いつも、小さなおじさんが自分の悪口を言っている夢を見るようになったのだ。
 そのせいか、体調を崩しがちになり、仕事でも細かなミスが増えた。
 残業して、その穴を埋めようとしても、そういう時に限って、PCのトラブルなど、おかしなことが続いた。
 さらに一輪挿しに生けた花は、飾って一晩経たずに、萎れてしまうということが続いた。
 あまりにもタイミングが良すぎるので、これは猿の置物のせいに違いないと思ったのだが、処分しようにも、どうしてよいか分からない。

 そう言えば、会社の上司が、以前、良くないことが続いたので知人の僧侶に相談したら、運気があがったという話をしていたな、と思い、その上司に相談した。
 すぐに、上司がお坊さんに連絡してくれたら、ひとまずその猿の置物をスマホかなんかで撮影して、データでいいから送ってくれと言われた。
 今どきのお坊さんは、PCも使えるんだ、と妙に納得して送ったところ、慌てたように返信があった。

 曰く「すぐに玄関と部屋の四方に盛り塩を。これから向かいます」というものだった。
 急に来られてもと思ったが、ひとまず盛り塩をして、部屋を少し片づけていた。

 松本さんの部屋を訪れた坊さんは、ごく普通の中年男性だった。確かに頭は坊主だったが。
 そして、すぐに件の猿の置物を見てうなずいた。

 曰く「良くないことが、起きたのはこの猿が悪いわけではありません。この猿は置物ではなく、神様です」とのことだった。
 この猿の石像は、庚申様と言って、もともとはおそらく、どこかの地方の石仏の一部だったのでしょう。それを良からぬ者が、その猿の部分だけを抜き出し、下手すると盗んで、ネットオークションに出品した、というところだと思います。

画像1

(写真のようなもの、下の方に猿のレリーフが見える。※福島県昭和村で撮影)

 1年に6度ある庚申の夜、人が眠っている隙をついて三尸の虫という妖怪が体内から抜け出し、その人間の罪や悪事を神様に告げ口をし、神様は報告された罪の重さによって、その人の寿命を削る。
 よって庚申の日は、夜は虫が出ないように見張って、眠ってはいけないと言われています。その時に祀られるのが庚申様です。
 猿は三尸の虫の天敵ですので、同様に置かれています。
 また、鬼門除けの意味もあり、鬼門の方角(北東)に庚申様が置かれていることも多いです。
 ということで良くないものではないのですが、置いたところが悪かった。ただでさえ、石仏からはがされていたところに、祀りもせずにラックの一番下に置かれたら神様も気を悪くしますよ。
それも上に蛇の目傘がある。蛇は猿の天敵で、三尸の虫を抑えようとしても身体が動かなかったのでしょう。

 きちんと、目線よりも高いところ、それも出来るなら鬼門の位置に置いて、丁寧に祀ってあげれば福の神になりますよ、とのことだった。

 松本さんは、僧侶に礼を言い、面倒にも思ったが、きちんと猿の石仏を祀ってあげるようにしたら、途端に寝つきがよくなり、体調も元に戻った。
 もちろん仕事のミスも無くなって、全ては順調にいっている。

 ただ気がかりなのは、もともとはどこかの石仏の一部だったのではないかという、僧侶の言葉だった。
 いつか、警察が取り調べにきたとしたらと思うと、騒動になるのも嫌だし、その前に警察に相談しようかと思っているという。

お読みいただきありがとうございます。 よろしければ、感想などいただけるとありがたいです。