【怪異譚】観覧車
滋賀県在住の、警備員の大黒さんから聞いた話である。
今は、とうの昔に閉園したが、大黒さんは、かつては関西の、とある遊園地のスタッフであった。
日本がバブル景気で浮かれていた時代、遊園地業界には大手資本などが大量に入り込み、豪華絢爛な装飾、迫力ある絶叫マシンなど、贅沢な仕掛けを施しているところが多数あった。
特にナイター営業などは、顕著な例だろう。
華やかなイルミネーション、光の演出は、不夜城を思わせるがごとく、夜の世界を彩り、幻想的な趣となる。
人々は、誘蛾灯に誘われる虫たちのごとく、その世界を目当てに遊園地やテーマパークを訪れた。
大黒さんが、勤務していた遊園地も、その例に漏れることはなかった。
ゲートからイルミネーションのトンネルが出迎え、各アトラクションが光に彩られていた。
一つのアトラクションだけをのぞいて。
そのアトラクションとは、観覧車であった。
機械の構造上、夜間に運行することは危険なので、運行していないと説明書きにはあったが、大黒さん他、スタッフの皆は、その理由を知っていた。
もともと、ナイター営業を初めて開催した年、観覧車は夜でも稼働していた。
都会ではないとはいえ、そこそこの高さがある観覧車のゴンドラの上からは、ある程度、夜景も楽しめナイター営業の目玉とは言わないまでも、お客さんには人気であった。
ところが、お客さんの中には、観覧車のゴンドラから降りると、ひどく青ざめて、恐怖で震えている人が何組かいた。
風がある日でもなく、ゴンドラが揺れているとか、そういうわけでもなさそうなので、担当スタッフが「どうされましたか?」と尋ねるが、お客さんは話そうとせず、そそくさと、その場を走り去っていた。
担当スタッフは、不審に思い、他のスタッフの者に、閉園後、その観覧車に実際に試乗してもらうことにした。大黒さんも、その一人だった。
ゴンドラに乗り込み、数分経ち、観覧車は頂上近くまでのぼり、夜景の灯りが眼下に広がった。
これまでに、機械の異常音などもなく、特に問題は無いように感じた。ごく普通の観覧車の動作だ。ゴンドラからの風景も特に気になるところはない。
すると、突然、夜景の灯りが全て消えた。あたりは暗闇になった。
雷も何もなかったのに、停電か。
とすると、この観覧車も止まったかもしれない。
そんなことが、一瞬、頭をよぎった。時間にすると数秒程度のことだ。
すぐに、その暗闇は無くなり、街の灯りは元に戻った。
しかし、何かがおかしい。
先ほどよりも街の灯りの一つ一つが大きいのだ。
何となく、手に届きそうなところに、その灯りはあった。
灯りを、よく見ると、中ほどにいくほど色が暗くなり、周囲は白っぽい。
なんとなく、動物の目のようだな、大黒さんはそう思い、そして気づいた。
灯りに見えたものが無数の目玉であったことを。
無数の目玉が、この観覧車のゴンドラに覆いかぶさるようにして覗いている。
大黒さんは、怖くなり、同乗していたスタッフの方を見る。
他のスタッフも気づいたようで、顔がこわばっていた。
大黒さんに気付くと、ただ無言で首を振るだけだった。
観覧車のゴンドラが、まもなく地上に降りようとする頃、ゴンドラの外の風景は無数の目玉から暗闇に戻った。
それは、まるで目を閉じたかのようであった。
そして、すぐにまた、以前のような街の灯り・・・電灯であったり、建物などから漏れる電気の灯りに戻ったのだった。
しかし、それが本当に灯りなのか、どうなのか、すぐに目玉になるのではないか?
観覧車のゴンドラから降りた後も、大黒さんは、そんな不安におそわれ、それからしばらくは、電灯を見ることすら恐ろしく感じた。
その時、観覧車に乗ったスタッフも、皆そんな感じであった。
その日から、その遊園地の観覧車はナイター営業で動かなくなり、しばらくして、そのまま遊園地も閉業したと言う。
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