【怪異譚】オバQババァ
その日、私はいつものように会社帰りに地元のスーパーに買い物に行った。そこで、晩酌のための、つまみを買って帰るのが日常のルーチンであった。
「さてと、今日はカツオのたたきでも食べようかな」と刺身コーナーを見ていると、脇の方からヌッと手が出てきた。
手が出てきた方向をみると、そこには異様ないでたちの老婆がいた。
服は灰色のトレーナーの上下をだらしなく着ていた。体系は小太りで、背は160cm弱。髪は白髪のザンバラ髪。
そして、何よりも化粧がすごかった。
元々、浅黒いであろう肌にビッチリとファンデーションが塗りたくられているのだが、塗られているのが、顔の正面だけなので、一瞬お面をかぶっているのかと思えるほどだ。
その上にされている化粧も目の周りにアイシャドゥが黒くビッチリと塗られ、口紅は口から大きくはみ出すほどに紅い口紅が分厚く塗られていた。
それは、40年ほど前のテレビ番組「オレたちひょうきん族」で、出演者の”西川のりお”がしていた、”オバケのQ太郎”のようなメイクであった。
時間にして数秒も無いだろう。私は、その異様な姿を身動きもせずに凝視してしまっていた。
老婆は、こちらをにらみつける様に見返し、刺身を鷲掴みにして、カゴに入れると、そのまま、その場を立ち去っていった。
変わった人もいるものだと、私は、その後、買い物をすまし、帰路についた。
基本的には買いだめをしないので、毎日、会社帰りに、スーパーに寄る。
次の日も同様に、昨日と同じ地元のスーパーに寄った。時間は、昨日と、ほぼ同じ時間だ。
総菜コーナーを眺めていると、脇から私の他に誰もいないのに、人込みをかきわけるような感じで、私の視界に入り込んでくる人物がいた。
それは昨日の、”オバケのQ太郎”のような老婆だった。
昨日の衝撃は、まだ頭に残っていたものの、私は何か得体の知れない不安のような感情を抱き、何も見てないかのように、目を背けた。
視界の端の方で、老婆は私を睨んでいるかのように感じた。
次の日の会社帰り、さすがに2日続けて、そのような事があったので、少し気味が悪くなり、地元にある、もう一つのスーパーで買い物することにした。
地元のスーパーというのはテリトリーのようなものがあり、スーパーごとに客層や顔ぶれも異なってくる。
時間も、その日は、仕事が立て込んだこともあり、いつもよりは、1時間ほど遅くなっての買い物となった。
そのスーパーでは、閉店の2時間前となると、総菜や刺身、弁当などが一斉半額となり。それ目当ての客がごった返すのであるが、ちょうどそれが終わって、店内が空きはじめた時間であった。
割引タイムに乗り遅れたことに気づいた私は、少し落ち込みながら、まだ買われていない半額になった”海苔巻き寿司”などを物色していた。
ふと、”海苔巻き寿司”が置いてあるコーナーの通路を挟んだところにあるサラダコーナーをみると、灰色のトレーナを着た小太りの白髪の後姿があった。
私は、嫌な予感がして、そそくさに、そのコーナーを立ち去ろうとすると、その後姿がクルリと、まるで反転したかのような勢いで、こちらの方向を向いた。
間違いなく、オバQであったが、私は見ないように目を伏せがちに、その場を立ち去り、そそくさとレジに進んだ。
翌日、私は休日だった。
週に一度の休みということもあり、気晴らしにと、隣県へドライブすることにした。特に目的も無いのだが、その土地の特産品などを、お取り寄せでなく、現地まで行って購入してくるということが好きなのだ。
生鮮品の場合もあるので、クーラーボックスを持参していくこともある。
そんなわけで、その日は、”ホタルイカ”でも購入しようかと思い、その土地の海産物直売所を訪れた。
様々な魚や海産物が並んでいる中で、目当ての”ホタルイカ”を探していると、前の方から灰色のトレーナーを着た、顔が白い物体が、こちらの方向に進んでくるのが見えた。
”オバQババァ”だ。
そう、思ったが、まさか、県外にまで現れることはあるまい。
そう思うのだが、明らかに視界の先にあるモノは、”オバQババァ”なのだ。
戸惑いながらも、私はひとまずホタルイカを購入し、そこから立ち去った。
”オバQババァ”はすれ違いざまに、なにかこちらを睨んで呟いたような気もするが、出来るだけ意識を外部から遮断するように「何も見てない、何も聞こえない」とつとめていたので、実際にはどうだったか覚えていない。
”オバQババァ”にあって不幸になったとか、危険な目にあわされたとか、そういうものは一切と無かった。
ただ、私の行く先々に、目立つ老婆が現れるというだけのことだ。
それでも、その得体のしれないことが恐怖となり、それから、しばらくの間は、スーパーなどで買い物することが出来なくなった。
仕方がなく、外食をしたり、ネットでお取り寄せをしたりして過ごすこととなった。
ファミレスやラーメン店などには、オバQババァは現れなかった。
かわりに、出費がかさみ生活が困窮した。さらに。かたよった食生活で、極端な体重増加と体調不良をもたらした。
それは、呪いとか祟りよりも、目に見える分、確かな災害であった。
現在は、元に戻り、スーパーなどで買い物もまたするようになった。
オバQババァは、その後、見ることはない。
あの者が実在したのか、どうかも今となっては定かではない。
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