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【怪異譚】虫の知らせ

 新潟県在住の藤田さんから聞いた話である。

 今から20年ほど前、スマホでは無く、携帯電話いわゆるガラケーの全盛期の時の話だ。
 藤田さんの父親は、単身赴任で山梨県で働いており、藤田さんは新潟の自宅で母親と2人で生活していた。

 その日は、天気のよい休日であったという。
 ドライブが趣味で、休日はたいていどこかに出かけている藤田さんであったが、その日は珍しく、家の掃除などをして、昼飯を食べたら、ウトウトと眠くなり、居間のソファーに横になっていた。

 母親はと言うと、普段は家にいることが多いのだが、その日は定期検査のため、通院しており、家には藤田さんがいるだけだった。

 少しウトウトしていただけだと思ったら、すでに夕暮れだった
 何やら玄関が騒がしいと思って行くと、近くに住む親戚がドアを必死に叩いていた。
 傍らには、嗚咽するように泣く母親の姿があった。

 寝ぼけ眼で、ドアを開けると、親戚が開口一番、「何やってんだ!お前の父親が倒れたんだぞ!」と血相を変えて怒鳴ってきた。

 戸惑っていると、さらに親戚は「家の電話が話し中でつながらないと言って、山梨の病院から、ウチの方に連絡があったんだ。お前の携帯に何十回電話してもつながらない、家に来たら鍵が閉まっていて、チャイムも鳴らない。どうなっているんだ」とまくし立ててきた。

 家の前でどうしたものかと、親戚が思案に暮れていたところに、母親が医者から帰ってきたそうなのだが、家の鍵を忘れて、家の中に入れない。 
 藤田さんの母親は携帯電話を持っていなかったので、ひたすらにドアを叩いていたという。

 確かに数日前から、玄関のチャイムの電池が切れており、電池を取り替えないといけないなと思っていた。
 自宅の電話は、受話器が微妙に外れており、ずっと話中だったようだ。
 藤田さんの携帯は、というと確かに電源が切れていた。
 充電切れだったわけでは無く、携帯電話を持ちながら眠ってしまい、その時に誤って電源を落としていたらしい。

 携帯電話の電源を入れると、着信アリのショートメールがけたたましく連続して届いた。
 親戚が何十回もかけたというのが、大げさに言っているわけではなく、本当なのだと知った。

 それから、親戚に電話があったという山梨の病院に電話をかけると、どうやら父親が脳卒中で倒れ、救急車で運ばれたらしく、意識不明であると言う。
 あわてて、母親と共に新潟の家を飛び出し、山梨の病院に車で向かったのが午後5時くらいだった。

 高速道路を飛ばせば4時間もあれば着くだろうと思った。
 ところが、途中で事故があり、高速道が通行止め。
 しょうがないので、一般道を走ると、こちらも夜間だというのに、車の流れが悪く、山梨に着いた頃には、すでに日が変わっていた。

 病院のベッドに横たわった父親は、人口呼吸器など、色々とチューブやら機器やらを付けられ痛々しいほどであったと言う
 医者の話では、倒れてから救急車で病院に運ばれるまで時間が経ちすぎており、緊急手術も出来ず、ただ安静にすることしか出来なかった。
 自発呼吸も見られず、しばらく様子を見るしかないが・・・とのことだった。

 その後、藤田さんの父親は一度も目を覚ますことは無かった。

 藤田さんは振り返り、その時のことを語った。

「虫の知らせっていうけど、その逆に虫が知らせないってあるんだろうか?だって、あまりにもおかしいんだよ。普段は外出している自分が、家で鍵をかけて昼寝しているとか、家の電話が鳴らないとか、携帯の電源が切れているとか。
 まるで、父親が自分の死の知らせを少しでも遅れさせようとしていたのではと思えるほどに偶然が重なりすぎて。
 とにかく、陰気なことが嫌いな人だったから、自分の死ですらも嫌ったのかもしれないな」と。

 確かに、その後の高速道の事故なども含めて、誰かが藤田さんを父親から遠ざけていたとしか思えない偶然が続いているように思える
 「虫が知らせない」という話は、あまり聞いたことがない話だが、他にも、このようなことはあるのだろうか。

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