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【怪異譚】アイスワールド
河合さんは現在はイベントの運営などをしているが、以前は都市部の遊園地に勤めており、遊園地の内部事情にも詳しい。
その河合さんか以前の職場であった遊園地で起きたという話として聞いた。その遊園地はすでに廃業しているということだ。
”アイスワールド”というアトラクションを知っているかな。
”氷の館”などとも呼ばれている施設なんだけどさ。
中に入ると、かなり寒くて、氷で作られた像とか、白熊とかペンギンとかの寒いところの動物達の剥製とかがおいてあって、まぁ言ってみれば巨大な冷凍庫の中を歩いていく施設だな。
もっとも家庭用の冷凍庫とは違って、室温はマイナス20度とかなり低く設定されているけど。
マイナス20度ってどれくらいか、想像つくかな?よく、痛いぐらいの寒さとか言うけど、初めは思ったより寒くないんだよ。夏の暑い日なんてのは、入った時は「涼しい」くらいにしか思わないんだよ。
でも、そう思うのは最初の30秒くらいだね。あとはもう、寒さとの戦い。考えてみれば真冬のスキー場に半袖でいるようなもんだから、寒いのは当たり前なんだよ。
そう考えてみると、このアトラクションはジェットコースターとかより、ある意味怖いかもしれないな。だって、長時間いると、誰であろうと確実に生命に危機があるアトラクションなんだから。まぁ、そのせいか、結構このアトラクションは制限が多いんだよ”心臓の弱い方はご遠慮下さい”とか”高齢の方はご遠慮ください”とか、絶叫マシン並にね。
だから、かなり警備体制も厳重でね。要所、要所に監視カメラが付けられているんだよ。何度も言うように実際はかなり危険なアトラクションで、人が倒れたりすることも考えられる施設だからね。
そういうことがあってもすぐに係員が駆けつけられるようにとの配慮からだろうな。もちろん中の展示物をいたずらされないようにということもあるのだろうけど。
で、そのアイスワールドの係員をオレがしていた時のことなんだけどさ。
その日は、暑い日でね。暑いとみなとりあえずは涼しいところを求めているから、かなり”アイスワールド”は込みあっていたんだ。
お客は入り口から入ると、あとは人波に流されて出口までというような状態。監視カメラにも流れていく人の姿だけが映されるといった感じだったよ。
遊園地のアトラクションというよりは、何となく駅の改札口を思わせるようなそんな映像。
機械的に、一定のテンポで流れていく人、人、人。
夏の”アイスワールド”は、いつもそんな感じなんだよ。
そう、いつもと変わらない・・・はずだったんだよ。
監視カメラがあると言っても、ずっとそれを見ているのがオレの仕事ではないわけで、接客をしつつ、時々チラっと見るだけだから、いつからその状態だったかは分からない。
ただ、監視カメラの画像がいつもと何か違うことに気づいたんだ。
いつもと同じように流れていく人の映像。
その中で一つのカメラの一点だけ、流れていないところがあるんだよ。
はっとして、よく見てみると黒い服を着た女性がずーと立ち止まっているんだよね。
夏だというのに長袖のシャツを着て、ズボンも黒。日焼けのせいか顔も黒く、一見すると影のような感じ。
ただ、それが影じゃないということがハッキリと分かるのは目の部分が白いから。
その白い目がじーと監視カメラを見つめているんだよ。
いや、違う。見つめているんじゃない。睨んでいた。おそらく憎悪の感情をもって。監視カメラ越しでもそれがハッキリと分かるくらいに。
女性が監視カメラを睨んでいるのか、それともモニタ越しにオレを睨んでいるのか分からない。でも少なくとも、オレはこの女性を知らなかったし、睨まれる憶えもない。
オレはもう、その状況のあまりの理不尽さに困惑し、そしてそれ以上に恐怖感に包まれ、監視カメラから目を背けたよ。
その場から逃げ出したい衝動を覚えつつ、引きつった笑いで接客を続けるオレ。
時折、視線に入る監視カメラのモニタには、まだ黒い影が映っている。
しかし出口から出てくる人を見ても、特にいつもと変わったところはない。
誰も気づいていないのか、彼女に。黒い影に。
それとも、誰にも彼女は見えていないのか。監視カメラのモニタを通してオレにしか見えないのか。
気づくと、オレが黒い影の存在に気づいてから15分が過ぎていた。
マイナス20度の環境下で15分間。 普通の人間なら、確実に病院送りになっているであろう時間が経っている。
しかし、監視カメラにはまだ、彼女が映っているようだ。
恐怖で引きつりながらも、オレは彼女のところに行かなくてはいけなかった。
もし、彼女が”お客様”だとしたら15分間、マイナス20度の部屋にいるのは危険すぎるのだ。
もちろん、彼女が”人間”以外の何かと言うことは、その時には分かっていた。
でも、オレがアトラクションの係員である以上、事故などが無いよう、最新の注意を払わなければいけない。万が一ということもあるのだ。
意を決し、アトラクション”アイスワールド”の点検作業に入る。
願わくば、”黒い影”がオレの見間違いということを願いながら。
そして、監視カメラに映っていた問題の地点へ。
着いてみて、辺りを見回す。
”黒い影~彼女”はいなかった。
なぁんだ、やっぱりオレの見間違いか。それともモニターが故障していたのかな。
いずれにして”異常なし”でよかったなぁ、などと思いながら現場を去ろうとしたオレは突然背中に視線を感じたんだよ。
その視線の主が誰かはすぐに分かった。
振り向いてはいけない。
その時オレが思ったのはそれだけだった。
それだけは分かっていた。足早に、現場を立ち去ろうとするオレ。
恐怖で怯えながら、しがし見かけだけは冷静に。
”異常なし” そう口に出しながら。
ずっと背中に視線を感じながら、なんとか”アイスワールド”の出口にたどり着く。
あとは、出口のドアを開ければ、いいんだ。
そう思った瞬間、両肩にヒンヤリとした手の感触を感じた。
そして、そのまま意識がスゥーと薄れていったんだ。
気がつくと日も暮れていて、オレは病院のベッドの上にいたよ。
医者のいう話じゃ、夏の炎天下の下に長時間いて、体温が、かなり上がっているところで、急にマイナス20度なんてところに入ったため、身体の体温調節がおかしくなって、体調を壊したのではということだった。まぁ、確かにそう考えるのが普通だよな。
オレも、アレは熱に浮かされたオレの幻覚だと思いたかったよ。
それ以後、オレはかたくなに”アイスワールド”の係員をするのを拒んだし、近づくことすらしなかったから、アレがなんだったのかは分からない。
ただ、なぜか監視カメラの数が一つ、減ったそうなんだけどな。うん、もちろんあの場所の・・・な。
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