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【怪異譚】公衆トイレ

 風の冷たい夜だった。
 私は仕事の都合で、田舎の山道を車で走っていた。
 あまりにも冷えていたせいか知らないが、私の腹は急に痛くなった。

 辺りを見回すが、山道だけにコンビニなどはもちろんない。
 そうこうするうちに私の腹は、我慢できないほど痛くなっていた。
 仕方がない。腹痛の原因を野に放とうかと思ったとき、私のような人向けなのか、山道にポツンとある仮設トイレを見つけた。コレ幸いと私はそこに飛び込み、用を足した。

 と、その時、私が用を足したばかりの便器から”カミをくれー”という声が聞こえてきた。
 私は驚き、慌ててトイレから急いで逃げようとしたが、トイレのドアは鍵がかかっているかのようにまるで開かなくなっていた。
 ”カミをくれー、カミをくれー”と声は次第に大きくなっていく。私はトイレに設置されていたトイレットペーパーを便器に投げ入れた。しかし”カミをくれー”の声は鳴り響き、そして便器からはその声に合わせるかのように、白い手が現れた。
 私はもう怖くなって自分のポケットの中にあったティッシュやら、レシートやら、千円札やら、ありとあらゆる”紙”をその手に向かって、投げつけた。
 しかし、手は引っ込まず、”カミをくれー”と言い続ける。

 疲れ果て「どうすりゃいいんだ」と言ったその時、便器から手は長く伸び上がり「そのカミじゃない、このカミだぁ」と大きな叫び声とともに、白い手が私の頭をつかんできた。

 その直後。

 白い手につかまれた髪の固まり。
 と、スキンヘッドの私がトイレの中にいた。
 そう、私の髪は自毛ではなかったのだ。

 怖さとショックと恥ずかしさで涙ぐむ私。
 その気まずい雰囲気になることを白い手は予想だにしていなかったようで、さてどうしたものかという感じで、何回か指先で”カツラ”をクルクルと回したが、どうしようもなく重い沈黙に耐えきれなかったようで、「ゴメン」とつぶやくようにして便器の中へと逃げるようにして消えていった。

 残された者は田舎の山奥の便所で、嗚咽する私だけ。いつもよりも強く風の冷たさを感じた夜だった。

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