見出し画像

【怪異譚】あるホテルで

 その日、私は普通に午後6時くらいに出張先のホテルにチェックインしました。私は霊感などがまるで無いタイプでして、部屋に入って、荷物を置いた時も特に何も感じませんでした。
 とりあえず、夕飯を食べに、外へ。
 軽く飲んで10時くらいに再度チェックイン。
 シャワーを浴び、ベッドの中で、うつらうつらとしていると、何やら耳元で音がします。
 
 ヒソヒソと何か、話しているような声。
 
 あれ、間違えてラジオをつけてしまったかな、と思い、ラジオの方に手を伸ばそうとすると、おかしなコトに全く身体が動かないのです。
 「え、なんだ、これは」と戸惑っていると、耳元で聞こえた声は大きくなっていきます。確かに誰かが話している声です。
 
 ・・・金縛り。その言葉が私の頭の中に思い浮かびました。うん、間違いなく金縛りです。これまでに私は何度か金縛りを体験しているのですが、金縛り以外に、何かを見たとか聞いたとか、そのような体験がなかったため、いわゆる生理現象の一つだと思ってきました。
 
 ただその時は、以前、金縛りにあったときよりも意識がハッキリしているのに、全く身体が動かず、いつもであれば、それでも無理やり声を出そうとすると、次第に金縛りが解けてくるのに、そうならず、ずっと身体が動かないということに大いに混乱しました。
 さらに、それに加えて誰もいないはずの部屋で、「ヒソヒソと」、というよりは「ザワザワ」と大きな話し声が聞こえることに動揺し、ただ「どうしよう?」と戸惑うだけでした。
 
 混乱しながらも、とりあえず話し声に耳を傾けようなどと変に冷静になっている自分がいたのですが、聞いてみると、全く言葉の意味が分からない。少なくとも私が知っている言葉ではない。
 と言っても、欧米の言語ではなく、むしろイントネーションは日本語に近いような気がします。まるでどこかの方言を聞いて、意味が全く分からないという、そんな感覚に近いです。
 
 話し声はさらに大きくなり、ビリビリと部屋の窓を震わせているほどでした。
 そして気づくとベッドの周りには小柄な半裸の男性が4人ほど、私を見下ろして立っていました。長髪というか、全員がだらしなく伸びた感じの長髪でヒゲ面です。
 日本人のようですが、日本人にしては彫りが深い感じがしました。
  
 彼らは私のベッドを囲みながら、いきなり「うらあぁー」と言葉にならないような声でわめきながら、ドタドタと足踏みをし、狂ったかのように踊り始めました。
 そのことに恐怖を感じると言うよりは、「なんだこの騒がしいやつらは。幽霊にしても、夢にしてもあまりにも馬鹿げている。ふざけているのか。」と、途方に暮れ、深い脱力感に襲われていました。 
 身体は相変わらず動きません。眠ろうと目を閉じても、男達のわめき声と、床を踏みならす音が部屋に響き、眠れたどころではありません。
 
 ・・・彼らが私の部屋からいなくなったのは何時頃かは分かりませんが、夜明け直前までいたと思います。彼らの音が聞こえなくなったことにホッとした私は、ドッと疲れが出て、眠りへと落ちていったのでした。
 
 仮眠に近いような睡眠を終えた後、眠い目をこすりながら、私はフロントへ直行しました。
 理由はもちろん、昨夜の件を聞くため。幽霊らしきものが出ることを知っていながら、私をその部屋に泊めたならば許せないと、激しく問いただしました。
 ところがフロントは「何も知りませんし、そのようなことを言われたのはお客様が初めてです」と答えます。かなり激しく問いただしたのですが、ホントに何も知らないようです。
 「支配人を出してくれ」とまで言おうとしたのですが、さすがにそこまで騒ぐと大人げないなと思いまして「そうですか。ご迷惑をおかけいたしました。すいません」と言って部屋に戻りました。
 
 部屋に戻るとすぐにフロントから電話がありました。
 
 「先ほどの話ですが、そういえばこのホテルを建てるときに奇妙な噂がありまして・・・」
 
 ほら、やっぱりそうだったんじゃないか、どうせ墓場だったとか、合戦場だったとかそういう話なんだろうと思って聞いてみるとどうもその手の話ではないらしい。
 
 「ホテルには、過去に何かしらの傷害事件があったことはありませんし、また怪しげないわく付きの土地に建設したということはありません。ただですね、このホテルを作るときにですね、地下から貝殻がいっぱい出てきたらしいのですよ。それが貝塚だったりしたら、発掘調査で工事の納期が遅れるじゃないですか。それで工事業者は見なかったことにしたらしいのですけれどもね」
 
 工事業者が現場から遺跡などを発掘したのを、工期に間に合わせるために見なかったことにするというのはよくある話です。
 でも、それが昨晩の幽霊騒動と何の関係があるというのでしょう?
  
 フロントは話を続けます。
 「そのような噂があったもので、もしかしたら・・・」
 
 もしかしたら?
 
 「お客様が見たものは古代人の霊だったのではないかと。すいません、バカげた話ですね。あ、一応このことは内緒でお願いしますね。建設会社の方に迷惑がかかるといけないので」
 
 古代人の霊?
 平家の武者の霊とかはよく聞きますけど、貝塚とか、そんな大昔の霊なんて聞いたこともないです。確かにバカげている話です。でもよく考えると私が見た男達は古代人の特徴に当てはまっているような気もします。
 言葉が分からなかったのも、大昔ならば当然のことですね。でも・・・あまりにもバカげています。バカげていますが、このフロントの言葉はまんざら冗談でも無いのかなと思いました。
 
 と、言うのも、シャワーを浴びて、着替えようとして、ふと鏡を見ますと・・・・
  
 私の身体に縄のような赤い模様がくっきりと残っていたのです。
   
・・・縄文人の呪いなのでしょうか?

お読みいただきありがとうございます。 よろしければ、感想などいただけるとありがたいです。