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山形 真室川町 工房ストロー(1)勘次郎きゅうり

9月の終わり。山形県の最北部、秋田との境にある真室川(まむろがわ)町へ行きました。

ここは多くの伝承野菜が残る町。「伝承野菜」とは、その地に古くから根づく固有の野菜です。

元々は農家さんが出荷用ではなく、自分たちが食べる用に細々と作り続けてきた野菜。
その価値が見出され「伝承野菜」として販路を作り、種を大切に残していこうとする活動が、真室川でも行われています。

奥にいるのが、高橋伸一さん

と知ったようなことを書きましたが、私が伝承野菜のことを知ったのは、恥ずかしながらごく最近です。

この夏、写真家の志鎌康平さんと山形を取材で巡る機会があり、車であちこちを走りながら教えて頂いたのが、この地の伝承野菜と農家さんのこと。

山形に生まれ育った彼の口から聞く野菜の名前は、「勘次郎きゅうり」や「弥四郎ささげ」など聞いたこともないものばかり。どんな味がするんだろう。マフィンにできるだろうかと、話に聞きながらシンプルに好奇心が膨らみました。

そもそもこの滞在で、私は初めて訪れた山形の風土が好きになっていました。見渡す限り山々に囲まれ、緑が深く、静謐な空気が流れている。その落ち着く風景と「伝承野菜」という野菜の響きがとても調和していて、ここで育てられてきた野菜たちと出会ってみたいという気持ちが膨らんだのです。

「工房ストロー」の髙橋伸一さんも、そんな伝承野菜の作り手のひとり。

元々は真室川町役場の職員として、地域の伝承文化を残す仕事に携わっていましたが、それならば自分の手で残していこうと一念発起して実家の農家に就農。2016年から野菜作りを始めました。

お話を聞いているだけで、とても高い志を持った方。
一体どんな方なのか、勉強不足な自分が対峙して失礼にならないだろうかと、少し緊張しつつお邪魔しましたが、本当に肩の力が抜ける、すこんと明るく人懐っこい笑顔で迎えてくださりました。

髙橋伸一さん

訪ねたのは10時過ぎで、ちょうど収穫した野菜を袋に詰めて出荷の準備をしする時間。

色とりどりの野菜たちが納屋に並び、その個性的な色と形を見ているだけでワクワクしてきます。ピーマンもいんげんも、みんなひとつひとつ違う顔。

早朝5時に畑に行き、今日の野菜を収穫してきたという伸一さん。

話を聞くと、今日起きたのは夜中の2時。そこから夜明けまでは、もうひとつの稼業であるわら細工(これも真室川の伝統的な手しごと)を作っているといいます。

子どもが幼く夜の時間があまりとれないから、それなら子どもと一緒に20時に寝て、夜中から仕事をはじめることにしたんだよ、と伸一さん。

くる日もくる日も、そのスケジュールを1人でこなし、わら細工と野菜というふたつの伝承文化を守っている。その気力と芯にある熱量は想像を遥かに超えていました。

そしてそれを大変そうに言うのではなく、からりとした笑顔で、楽しそうに話す伸一さん。
出会った瞬間から、この人の野菜はきっとおいしいな、と確信してしまうようなお人柄でした。

夏が旬の勘次郎きゅうりにも、収穫の最後に出会うことができました。

淡いグリーンの色味、薄い皮。普通のきゅうりより、ふた回りは太いからだ。

ズッキーニに近いものと想像していましたが、やはりきゅうり。きれいな翡翠色です。

さっと切ってオリーブオイルと塩と和えて出して頂いたそれは、普通のきゅうりよりカリッとした食感で、えぐみがなく、いくらでも食べられそうな透き通った味。

「この歯応えがいいんだよね。塩と油と相性がいいから、生ハムを巻いて食べてもおいしいし、魚にもよく合うよ。

熱々の塩さばを口に入れて、冷たい勘次郎きゅうりを頬張ると、さばの油がふわあっと香って、シャキッとしたきゅうりに合ってすごく美味しい」 

その豊かな描写と、なにより伸一さんの本当においしいものを食べているような顔つきに、一気に引き込まれてしまいました。
塩さばときゅうり。しっかり心に留めました。

畑にも案内して頂きました

収穫が終わりを迎えると、種取り用に育てた、とりわけ大きな勘次郎きゅうりから翌年用の種を採り、冬を越え春になったタイミングでそれを蒔きます。

そうやって自家採種をしながら継いでいくことで、守られてきたのが勘次郎きゅうり。真室川町で作る農家さんの数も、決して多くはないそうです。

来年の夏もこのきゅうりが食べられることは、当たり前のことではないのだと。そんな素材でマフィンが作れることに背筋が伸びました。

お昼どき、伸一さんのお家でごちそうして頂いた料理も忘れられない味でした。どれも、工房ストローの畑でとれた野菜で作ったおかずたち。

甘しょっぱく煮たいんげん、ぜんまい、かぼちゃを蒸して潰したの、茶豆をつぶして寒天で固めたの、オクラと葉野菜のごま和え。

勘次郎きゅうりは浅漬けと粕漬けに。普通のきゅうりよりカリリと軽快な歯触りで、やわらかい果肉にしっかり染みた味が本当に美味でした。

野菜それぞれにあう味付けや調理法を選びながら、実直に作られた料理。

見た目は華やかでなくても、口にするとじんわりと心をほぐして、温めてくれる味。こんなマフィンが作りたいと思いました。


勘次郎きゅうりのマフィン

塩サバと勘次郎きゅうり レモンピール

畑で生のまま頂いたおいしさを、できるだけそのまま再現したく、大きめに切り軽く油と炒めた半生状態でマフィン生地にざくざくと入れました。ただそれだけでは味がもたないので、アクセントになる濃いめの具材を合わせたい。考えたとき、伸一さんの塩さばのエピソードが浮かび、さば缶とディル、にんにくを炒めて加えました。火を通しても煮崩れしない勘次郎きゅうりは、マフィンに焼き込んでもカリッとした食感を残したまま。そこにさばの塩気が相まって、レモンピールが全体をふわっと持ち上げます。


勘次郎きゅうり 酒粕白味噌あん

お昼にいただいた酒粕漬けがおいしく、これをマフィンにしようと決めました。粕漬けの粕は、味噌と砂糖と酒粕。似た味を作りたく、白味噌、白あん、山形の酒粕を混ぜ、粕あんを作りました。生地には勘次郎きゅうりを果汁ごと千切りにして入れ、たっぷりのきゅうり汁を仕込み水代わりに加えたら、しっとりとした生地感に。焼く前の生地はほんのり緑色。ひと口食べると、ものすごいきゅうりの香り。そこに酒粕の香りと味噌の塩気。食べたことのない新しい味になりました。

写真:志鎌康平(1〜11)

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