書評 漫画『栄光なき天才たち』 各国の原爆製造計画
はじめに
はじめまして。doukunhunです。note上の記事で映画『オッペンハイマー』の記事を読んで思い出したことがあります。
それは漫画『栄光なき天才たち』。古い漫画ですが収録作品の中で第二次世界大戦中、最先端科学である原子物理学がいきつく果て、新型爆弾＝原子爆弾の製造にアメリカ、ドイツ、日本の三カ国がのり出したことが書かれていたことです。久しぶりに本棚から出して、中身をみていきましょう。
エンリコ・フェルミ （『栄光なき天才たち 1』 収録）
あらすじ
1930年代、ドイツの政策から多くの科学者が芸術、科学の最先端の地ドイツを逃れていった。ノーベル物理学賞をとったイタリア人のフェルミもまた、ドイツからアメリカに渡った科学者の一人だった。そんな中、ドイツが原爆製造計画のうわさを耳にする……。
見所
アメリカの原爆製造計画であるマンハッタン計画、世界初の原爆実験であるトリニティ実験。そして広島、長崎での使用、一連の時系列。
原爆製造の動機はドイツが先に原爆をもつ前にアメリカにいる自分たちが原爆を持つこと、など。
（計画責任者としてオッペンハイマーがわき役で登場！）
備考
芸術分野でもドイツの政策がとられた。モダンアートの第一人者たちを弾圧、作品もさらしものにされた。漫画で『ギャラリーフェイク』だったか、作品を『頽廃芸術』として展示会にさらす一方、ヒトラーが好む絵を描いた作品を集めた『大ドイツ展』という展示会を同時開催する歴史的事実になぞるように現代でも展示するエピソードがある。
W・K・ハイゼンベルク（『栄光なき天才たち 2』 収録）
あらすじ
ハイゼンベルク。ノーベル物理学賞受賞者。1930年代当時、最先端の科学の地であるドイツから離れずにドイツの原子爆弾製造計画に参加する。ただ彼はドイツを愛するが、当時のドイツ政権（ヒトラーのこと）は嫌悪していた。彼は原爆製造に加担するが仲間とともにわざと完成を遅らせる。原爆の製造はすぐにはできないはずだ。そしてドイツは敗戦……。
見所
ハイゼンベルクの指示でドイツの原爆製造計画はわざと遅らせる。しかし、ハイゼンベルクがいないときに仲間たちはこっそり原爆の製造を進行していたことがわかる。エンリコ・フェルミの回でもくりかえし描かれているが、人の知的好奇心と探求は際限がない。そして科学者の見通しは甘かった。昭和20年（1945）8月6日。ハイゼンベルクたちはフェルミとはちがう衝撃を味わう。
備考
松本零士の漫画『戦場まんが』シリーズで、アニメ化もされた『成層圏気流』では原子爆弾が完成してV2ロケットに搭載、『核ミサイル』として使用される寸前という設定で描かれている。
また『栄光なき天才たち 8』でV2号ロケットの誕生が描かれている。
理化学研究所（『栄光なき天才たち 6』 収録）
あらすじ
戦前の日本の理化学研究所。戦前、戦中の科学者たちの活躍が描かれる。
見所
多士済済、多くの科学者が登場する。（『栄光なき天才たち』1に登場する鈴木梅太郎も登場）。日本の原爆製造計画の立ちあげ時期はアメリカと変わらず、方法も変わらなかった。国力工業力の差。現在もつづく日本のだめなところも描かれている。フェルミ、ハイゼンベルクの回でも描かれているが、登場人物たちは狂信的ではなく、理性的で現実感、探究心をもっている。そして昭和20年8月6日、彼らにもその日に起こった衝撃が襲う。
備考
テレビで放映された映画『ひろしま』では漫画に描かれている通り、広島に仁科芳雄博士らが被爆後すぐに調査が来たところも描かれる。そこで諸々の理由（うろおぼえだが士気やパニックにおちいる）で事実は隠蔽される。
この場面は同時期に完成・上映された映画『ゴジラ』で対になる場面として女性議員（菅井きん）が戦時中の情報隠蔽と一緒じゃないか、とゴジラの存在情報を開示要求。結果、ゴジラの存在が国民に知れ渡る場面が描かれている。
おわりに
巻末に参考資料が記載、それをもとに描かれたこの漫画は、戦時下の原爆製造計画も一通りは知ることができるだろう。ただこれを見て終わりにしないでもらいたい。漫画は今から30年以上前のものだし、多くの書籍・映像資料が出ている。当然間違っている箇所もあるだろう。（例えば、『栄光なき天才たち 8』に登場する旧ソ連の科学者セルゲイ・コロリョフ。漫画ではアポロ11号の月面着陸を世界同時中継を見ているが、実際のコロリョフはこのときすでに亡くなっている）
この記事をもって「知った」ということで終わりにしないでいただきたい。筆者の切なる願いである。
＜参考文献＞
『栄光なき天才たち』1 作・伊藤智義 画・森田信吾 集英社 1987
『栄光なき天才たち』2 作・伊藤智義 画・森田信吾 集英社 1988
『栄光なき天才たち』6 作・伊藤智義 画・森田信吾 集英社 1989