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【自然の郷ものがたり#8】「足寄なんて……」を乗り越えて 地元の人にこそ知ってもらいたい地域の魅力 【聞き書き】

足寄町には官民という別々の立場を経験した上で、町の未来に向き合っている方たちがいます。足寄町役場を辞めて会社を立ち上げた佐野健士さんと、地域おこし協力隊からカフェ店長に転身した細矢千佳さんです。

お二人は地元住民が地域の魅力を考える「オンネトーの魅力創造委員会」で知り合って意気投合。行政と民間という両方の経験を踏まえ、毎日さまざまな人と接しながら足寄の魅力を探し続けています。

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写真右 佐野健士(さの・けんじ)/1978年、北海道幕別町札内生まれ。東京国際大学を卒業後、足寄町役場に就職。15年にわたって、観光・地域振興・財政などの業務を担当してきた。2017年に退職後、合同会社FeetMeetを設立。コミュニティスペースの運営やイベント企画、アウトドア用品のレンタル事業などを行なっている。

写真左 細矢千佳(ほそや・ちか)/1992年、山形県酒田市出身。帯広畜産大学への進学を機に北海道で暮らし始め、2019年に地域おこし協力隊として足寄に移住。オンネトーに新設されるビジターセンターの立ち上げ準備に携わった。2020年からは、足寄町の「ひだまりファーム」内にオープンした「Café de Camino(カフェ デ カミーノ)」の店長として働いている。

この記事はドット道東が制作した環境省で発行する書籍「#自然の郷ものがたり」に集録されている記事をWEB用に転載しているものです。

町の魅力を伝えるために公務員から民間事業者へ

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佐野 僕は大学を卒業した後に、足寄町の役場に入りました。大学は関東だったんですけど、いつも羽田空港に着くと気分が落ち込んでて……。逆に帯広空港へ帰ってくるときに、十勝平野が見えるとすごく安心していたんです。だから、自分が住むのはやっぱり都会じゃないんだなとは思ってました。それで就職先を考えたときに、公務員だったら十勝に戻れるし、役場職員なら転勤もないからいいなと思い、足寄町役場に就職したんです。

役場には15年勤めていて、半分くらいは観光振興の仕事をしていました。パンフレットをつくったり、観光協会と一緒にイベントを考えるといった業務です。今も続いているオンネトーのスノーシューイベントは、観光協会と自分が一緒になって企画しました。

そういう仕事は楽しかったんですけど、役場の職員って部署異動があるんですよね。そうすると、自分が担当していた業務に関われなくなるので、イベントや企画を継続・発展させていくことが難しくて。当然、役場職員が事業者にはなれないので、直接お客さんに町を案内したりもできません。そういうことを考えたときに、役場職員という立場でできることの限界を感じるようになったんです。もっと当事者として、足寄の良さを伝えていきたいなって。

足寄の良さを伝えるってことは、役場時代にも仕事としてやってきたつもりなんですけど、それって観光地や特産品をPRする業務で、ちょっと違和感があったんですよね。足寄以外の地域にも美しい景観はあるし、おいしいものもいっぱいある。そういうなかで、「足寄ならではの魅力って何だろう?」ってことをずっと考えていたんです。それが何なのかは、まだ自分でも見つけられてないんですけど、それを見つけて伝える仕事をしたいと思って役場を辞めました。

それで、立ち上げたのが「FeetMeet」という会社です。足寄の市街地でカフェ営業をしたり、そこをレンタルスペースとして貸し出したり、それからキャンプ道具の販売・レンタル事業などを行なっています。僕自身が足寄のことをもっと詳しく知りたいので、地元の方が集まれるような場所や機会をつくって、いろいろな魅力を見つけていきたいなと思っています。

地域おこし協力隊を辞め、人が集まるカフェをつくる

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細矢 私は2019年の4月に、地域おこし協力隊として足寄に来ました。オンネトーに新しくできるビジターセンターで、行政と民間の間に入る調整役の仕事をすることになったんです。もともと私は、人が集まる場所をつくりたいと思っていて。そういう視点でいろんな就職先を考えてたんですけど、ビジターセンターも人が集まる場所のひとつだと思ったので、地域おこし協力隊に応募しました。

行政と民間の間に立つという仕事をやってみて、行政と手を組んでるからこそできることもあるし、同時に意思決定には民間よりも多くの時間がかかることを知りました。正直なところ、「もっと良くするために、もう少し違うやり方もありそうだな」って思うところもありましたね。だから、「私がやりたいことを、別の方法で実現してみたい」と思い、協力隊を辞めて「Café de Camino(カフェ デ カミーノ)」で働くことになったんです。

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▲国道241号線沿いにある「Café de Camino(カフェ デ カミーノ)」。足寄町の中心部からオンネトーに向かう途中にあり、北海道内外から人が集まってくる

ここのオーナーさんとは、佐野さんが委員長を務めるオンネトーの魅力創造委員会という集まりで知り合いました。いろんな職種の人が集まって、オンネトーの魅力について考える会なんですよね。そういう人との出会いや、足寄について知るきっかけを、このカフェでお届けしていけたらいいなと思っているんです。

例えば、この建物は町内の建設屋さんが宮大工の修行で学んできた伝統工法と、北海道の寒さに合わせた建材や設計を組み合わせて建てられています。少し茶色っぽい壁紙は、足寄の特産品であるラワンブキを混ぜた和紙なんです。お店の椅子も、ここで開催されたワークショップに参加してくれた方々が座面を編んで作ったものなんですよね。

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▲足寄の建設会社が「木組みのカフェ」として手がけた建物には光が差し込んで、気軽に入りやすい雰囲気。壁紙には、足寄の特産品であるラワンブキを混ぜている

お客さんが最初にお店にいらっしゃるきっかけは「コーヒーを飲みに来ました」だったとしても、そこからちょっとずつ「北海道にはこんな特産品があるんだ」とか「こういう人たちが関わっているお店なんだ」とか、そうやって町のことや物作りをする人のことを伝えられる場所にしていけたらなと思っています。だから飲食だけではなく、カフェに関わりのある方や地元の方が作った物を置いたり、イベントを開催して、普段の生活では出会わない人や物と繋がれる場所にしていきたいなと。このカフェを中心に、どんどん新しい繋がりをつくっていきたいですね。

地元の人にこそ、町の魅力をもっと知ってほしい

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佐野 足寄には、たくさんの魅力的な資源があるんですけど、そこに関心が薄い住民の方が多い気がしていて。雌阿寒岳の登山なんかは、外の人にはすごく人気があるのに、地元の人で登りに行く方は少ないんですよね。

登山って、まずは狭い林道を何十分も車で走って登山口まで行く場合が多いじゃないですか。でも、雌阿寒岳の登山口は、対面通行も余裕でできるような大きい道路のすぐ横にあるんですよね。しかも、駐車場には綺麗なトイレがあるし、往復で5、6時間くらいなので日帰りもできるんです。それに、下りてきたところには温泉もあるので、帰りにお風呂にも入っていける。こんなに環境の整った山って、なかなかないんですよ。

山自体も、下と上で植生が大きく違うので、登っている途中も景色が変わっていって飽きません。夏なら子どもでも登れるし、装備があれば冬登山もできる山なので、本当に素晴らしい環境なんです。

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▲オンネトーから見た雌阿寒岳(左)と阿寒富士(右) 撮影:國分知貴

細矢 私も魅力創造委員会で知り合った方に雌阿寒岳へ連れていってもらったんですけど、景色がすごく綺麗でした。山頂のほうは岩が多くて、なんか地球じゃない場所に立っているような気分になりましたね。山頂からの景色も素晴らしかったです。

だけど、確かに町の人と話してると「雌阿寒岳は登ったことがない」とか「オンネトーは何十年か前に行ったな」というような声が多いんですよね。地域の方のほうが、足を運ぶ機会や、意識して知ろうとするきっかけが少なかったりするのかもしれません。

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佐野 住んでいる人が地元の魅力を知るためには、外の人の意見に触れることが大事だと思うんですよね。外から雌阿寒岳やオンネトーに来ているお客さんはいるんですけど、そういう人たちの多くは足寄の町を通り過ぎていくので、住んでいる人たちが接点を持つ機会はほとんどありません。それはちょっともったいない気がするんです。

細矢 普段の生活のなかで、自分の町について深く考えるって機会はあまりないと思うんです。でも、いろんな人が集まるカフェやイベントで、今までにない内側と外側の接点が生まれることで、住民の方にも自分たちの町に興味や関心を持ってもらえたらいいなと思っています。せっかく素敵な場所なので。

人の繋がりを増やし、町の経済を回していくために

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佐野 足寄に限った話ではないんですけど、これからきっと人口は減っていくはずです。そこは受け入れなきゃいけない部分なんですけど、これから大事になるのは人口の増減よりも、その町で生活してる人がどれだけ満足しているかだと思うんです。だから、足寄で生活していることに満足してる人が増えていくといいなって。今はどうしても「足寄なんて……」みたいな言い方をする人もいるし、自分もこの地域の何がいいのかってことを明確に説明できていません。だけど、僕も含めて「ここがいいから、足寄に住んでる」と言える人が増えるといいなと思っているんです。そのためにも、やはり登山客をはじめ、外の人の意見を住民の方に知ってもらう機会を増やしたいですね。

ただ、無闇に人を呼ぼうとするのではなく、ちゃんと足寄の自然や食べ物の価値を分かってくれて、それにしっかり対価を払ってくれる人に来てもらうことも大事だなと感じていて。そうじゃないと、町の経済が回っていかないですから。雌阿寒岳の登山道整備にしても、年に1回は住民参加で開催されているんですけど、それでは全然足りません。町としても維持・管理にお金をかけているので、せっかくなら外から足を運んでくれる人たちと地域との関わりもつくれて、そこに直接的な経済効果も生まれるような仕組みができないかなと考えています。

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細矢 本当に、そうですよね。私は、たくさんのことを同時に進行するのが得意ではなくて、「今はこれ!」という感じでひとつのことにエネルギーを注ぎたいタイプなんです。なので、今は「Café de Camino」に来てくださる方々との関わりや、そこから発展していく人と人の繋がりを増やしていきたいと考えています。

実際、うちのカフェには十勝管内のお客さんだけじゃなく、道外から来てくださる方もいるんです。足寄で普通に生活してたら、そういう出会いは少ないので、ここでの仕事はすごくおもしろいですね。これを私だけのものにするのではなく、私からも地域の人たちに繋げていけたらなと思っています。

佐野 暮らしていると当たり前のことになってしまうんですが、足寄には本当に豊かな自然があります。だから、僕自身ももっと日常的に、山や森が身近であるという環境を大事にしながら生活していきたいなと思っています。そして、その価値に地域の人と外の人が関わっていける仕組みをつくり、町の経済も回るようにしていきたいですね。

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取材・執筆:阿部光平
撮影:名塚ちひろ

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