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246/366 【創作落語】 2020のゆくえ

囲碁というものは非常に歴史が古くてですね。その発祥は4000年前と言われています。発祥地は中国という説もあれば、インドやチベットという説もあり、碁盤は宇宙、碁石は星を表し、占いに使ったとも言われています。

今はどちらかと言えば陣取り合戦のような、戦略シミュレーションのイメージの方が強いのではないでしょうか。

いずれにしても囲碁の世界というのは奥深いものがありまして。碁盤を差し向かいにして対峙する2人の人間の人生模様をあぶり出す、何と言いますか、懐の深さのようなものを今もなお、備えているのでございます。


熊五郎「おう、久しぶりだな、八っつぁん」
八助   「うおぉ、熊ちゃん、まったくだ。何ヶ月ぶりかねえ。やっと来れたよ。元気だったかい?」
熊五郎「いやもう、ずっと引きこもっていたよ」
八助   「なんだいらしくないねえ。商売上がったりかい?」
熊五郎「まあ、そんなこった。仕方ねえさね。このご時世だもの」
八助   「まあな。生きてるだけで丸儲けってやつだ。あっはっは」
熊五郎「確かにな。まあ、いいんだよ。こうしてまた会えたんだから」
八助   「そうだそうだ」
熊五郎「早速だけど、一局打つかい?」
八助   「全く相変わらずせっかちなじじいだな。だがまあ、そうだな。時間も限られてるし、早速やろうか」
熊五郎「待ったは無しだぜ」
八助   「… ああ、そうだよな。ここじゃあ、是非もねえな」
熊五郎「そういうこった。待ったがそもそも出来ねえんだよ。待ったなんてしたら全部頭からやり直しってルールだってんだから、困ったもんだ。笠碁の二人も真っ青だよ」
八助   「お、好きだねえ、その噺。…寄席も最近すっかりご無沙汰だよ」
熊五郎「そうだよなあ。最近ようやく開いたって聞いたけど、なかなかあそこまで行くのは難しくてな」
八助   「オンライン寄席ってやつもあるんだろ?まあ… なかなか慣れなくってさ。年取るってこういうことだよな」
熊五郎「一歩一歩だな。まずは碁が打てるようになっただけでも一歩だよ」
八助   「歩は将棋だよ」
熊五郎「そんな脚本家困らせることを言うんじゃねえよ。「ぽ」と「ふ」だよ?
八助   「ああ、あのソーセージとかじゃがいもとかが入ってる西洋の煮込み料理のことかい」
熊五郎「ちげーよ、混ぜっ返すんじゃねえよ。「ふ」と「ぽ」だよ。音が違うんだよ。このへーぼー。音で分かることだけでしゃべれってんだい」
八助   「なんかさりげなく色々混じってるな… まあ、そういう気遣いが俺はいつも足りねえことは確かだわ。すまねえすまねえ。覚えとくよ」
熊五郎「それそれ。謙虚さは大事だぜ。…それにしても、よくここまで来れたもんだ。お前にしては、頑張ったじゃねえか」
八助   「本当だよ。ここまで来るのに何度娘に怒鳴られたことか。あいつ、こういうことになると…」
熊五郎「(遮って)おうおう、よくやったよくやった。じゃ、早速始めるとするか」
八助   「おうよ」

ぽろりぽろりと会話をしながら、少しずつ白と黒の碁石のパターンが浮かび上がって参ります。古の人はこれを星座に見立てたり、未来への歩… じゃなくて、一歩を読み解く占いと崇めて解説をしていたのでございましょう。確かに言われてみれば、無音の中、真上からの俯瞰で碁盤だけを見ていれば、パターンがどんどん出でゆく様は、人の行く末が立ち上るように思われます。

熊五郎「ところで、あれ試してみたかい?」
八助   「あれってなんだ?」
熊五郎「あれだよ、zozoだよ」
八助   「zozo?なんだそれ?」
熊五郎「送っただろ、1ヶ月位前に。受け取ってないのかよ?」
八助   「ん?1ヶ月前?1ヶ月前っていやあ、ああ、なんか黒い変なぽちぽちのついた奴が届いていたな。確かあれには…nonoって書いてあったぜ」
熊五郎「…?」
八助   「あれ?逆か?もしかして、ononか?」
熊五郎「… なんで縦に読むんだよ。アルファベットなんだから横に読め、横に」
八助   「ん?横に?(空にzozoと縦に書いてから、首を横にして読んで) …ああ、そういうことか。失敬失敬」
熊五郎「まったくおめえはそういうところがあるんだよ。思い込みが強いっていうかさ」
八助   「はは。分かって貰えて嬉しいよ。んで、そのzozoってやつがどうかしたのかい?」
熊五郎「どうかしたじゃねえよ。あれ、使ってみたか?」
八助   「ああ、使った使った。あれ着て孫あやしたら、喜ばれたよ。ちょっと暑かったけど、まあ家で相手するにもネタが尽きつつあったからよ。ちょうど良かった。ありがとな」
熊五郎「… ちげーよ」
八助   「うん?」
熊五郎「あれはそうやって使うものじゃねーんだよ」
八助   「へ?違うのかい?他にどうやって使うってんだい?」
熊五郎「あれはな、zozoスーツって言ってな。あれを着たら、お前の体の寸法を測ってくれるんだよ」
八助   「ふーん。どこの寸法もかい?」
熊五郎「ああ、どこもかしこも全てだよ。…って何言わせんだよ」
八助   「そういうノリの良さ、いいねえ、好きだねえ」
熊五郎「話の腰を折るんじゃないよ。違うんだよ。(気を取り直して)洋服を買う時にさ、インターネットで買う時に試着ができなくて困るだろ?そんな時に、あの黒モジスーツを着て寸法を測っておけば、店で測らなくても寸法が分かるって寸法なんだ」
八助   「(茶化して)うまく言ったって顔してるぜ。それだけが言いたくてあれ、送って寄こしたんだろ?」
熊五郎「…うまく言えたって今思ったことは否定しない。否定しないが、あれを送ったのはちゃんとした理由があるんだよ」
八助   「ふむふむ」
熊五郎「今日び、なかなか洋服の買い物も行けねえだろ」
八助   「そうだなあ」
熊五郎「でも、おまえ年末にかけて色々続くだろうがよ。やれ、遠い方のお孫さんのお宮参りだ、やれ叔母上の傘寿の祝いだとかさ」
八助   「… どちらにしても行けそうな雰囲気じゃあ無いけどな」
熊五郎「でもよ、ほれ、オンライン寄席みたいによ、そういうとこにもパソコンで参加したらどうだい?って思ってよ。その時には、画面越しったって多少小マシな格好したいじゃねえか。だから、あれで寸法測って、シャレたシャツでも買えばいいって寸法よ」
八助   「2度言ったね」
熊五郎「混ぜっ返すんじゃねえよ」
八助   「いやすまん。その気持ちが嬉しくてつい憎まれ口を叩いちまうんだよ。許してくれよ」
熊五郎「憎まれ口叩いてる暇があったら、今すぐにでもあれ着てこいよ」
八助   「冗談じゃねえよ。今ここにはないよ。あっちの方にあるんだよ。大体あんなん着て碁を打つなんざ、ぞっとしねえよ」
熊五郎「それをいうならzozoっとしねえだろ」
八助   「いやいや、なんならノーノー、zozoだよ」
熊五郎「縦か横かどっちかにしろよ、なんだいその縦横の合わせ技のまじ卍みたいなやつは」
八助    「… なんだそれ?」
熊五郎「いい、すまん。俺もあんまり分かってない。随分前に聞いた孫の受け売りだ。忘れてくれ」

そうこうしているうちに盤面はどんどん進みます。美しく並んだ黒と白の対局模様。ここからどうやって最終局面に持っていくのか。さていよいよというところに来て、八助の打つ手が遅くなる。

八助   「… 待ったって言いたいなあ」
熊五郎「そう言われてもなあ」
八助   「なあ、熊ちゃん、待ったってどうにか出来ないものかなあ…」
熊五郎「できねえなあ」
八助   「そこをなんとか」
熊五郎「いや、できねえもんはできねえんだよ。仕方ねえだろ」
八助   「いやほれ、お前の知恵でそこをなんとか。そうだ、待ったさせてくれんなら、そのあのオンオンスーツを着て、孫にやったやつ、踊ってみせてやるからさ」
熊五郎「それでこの対局をチャラにしろってか?ここまで来て、そりゃあんまりじゃねえの?ここはもう潔くさ…」
八助   「そうかあ、そうだよなあ…」
熊五郎「チラ見すんな。顔の上半分だけでチラ見されても気持ち悪いだけなんだ」
八助    「なら顔の全部でチラ見をすればよござんすか?」
熊五郎「そういう問題じゃないだろうが」
八助   「じゃ、顔の下半分」
熊五郎「怖いよ。ただの真夏の恐怖新聞だよ。やめてくれよ」
八助   「右でどうだ?」
熊五郎「左右も太夫も関係ない!」
八助   「…ごめん、今の説明して」
熊五郎「… とにかく、待ったはダメなんだよ」
八助   「そうだよなあ、そうだよなあ。仕方ねえ。今日はもうここまでだ。そろそろ時間も切れかけてるしな」
熊五郎「… もう少し延長したっていいんだぜ」
八助   「そうもいかねえんだよ。これで大体戦績は50-50ってところかな」
熊五郎「それを言うなら20-20だろ」
八助   「は?」
熊五郎「手書きで書いてみろ」
八助   「ん?あーっはは。そういうことか。熊ちゃん、今日はなかなか冴えてるな。今日のテーマはノーノートーキョー2020 って感じかな」
熊五郎「映画泥棒とオリンピックが交じってんな」
八助   「おや鋭い」
熊五郎「バカにすんねい」
八助   「あーーーっはっっは。感心してんだよ、流石だなあ、って思ってさ、こういう新しい碁会所もきっちり身につけててさ。メールでポチッとすればいいだけにお膳立てしてくれてさ。すげえなあって思ったんだよ。これは本当だよ。… じゃ、本当にいくぜ。じゃ、またな」
熊五郎「ああ。気をつけてな」

あっという間に 八助は画面から消え、あとには熊五郎がひとりぼっちの部屋に残されました。

這々の態で大の苦手なパソコンを習い、オンライン囲碁とやらが出来るところまでようよう設定できるようになった後、古い囲碁仲間と再会できた熊五郎ですが、相手はなかなか家族のパソコンが開かず。あっという間に1時間は過ぎていったのでありました。

夕暮れの海と空のホーム画面を見つめたまま、ポロリと本音を漏らす熊五郎。

「ああ、あいつと次本当に会えるのはいつかなあ」

2020年の行方はいかに。現段階では50-50、じゃなかった20-20となっている2人の対局の戦績の行方はいかに。まだ新しいキーボードに落ちた涙の一滴を見たものは誰もいないのでありました。

***

注)「待った」ができる囲碁サイトもあるのですが、熊ちゃん、そこまで調べ切らなかったんです... 愛いやつめ。

こちらに参加しています!さや香さん、楽しい企画をありがとうございました!


伴走56日目!


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