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劇団チョコレートケーキ: 「治天ノ君」

「わたしの尊厳など、どうでもいいのだけれどなあ」

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出自だけで、決して逃れられない運命を背負う人がいる。産まれ落ちた瞬間から国の象徴たることを余儀なくされ、無邪気な期待に対する拒否権すら与えられない、皇族の方々だ。

その皇族の中でも近代史上、ほぼ語られないのが大正天皇だ。その誕生日、8月31日は祝日ですらない。「あからさまな葬り方」という一言に震えがきた。

「決して運命から逃げないお方でした」

生まれつき病弱だったにも関わらず、宿命から目を背けず、偉大で強い父、明治天皇の如くにはなれないと悟っても諦めず、自らを貶めることもなく、自分の頭で良き治世の有り様を考え、それを築こうと懸命に努力を重ねた人間味溢れる天皇の短い人生が描かれていた。

「なぜ我が子らと暮らせないのだろう... 」

里子に出した、産まれて間もない御子にお忍びで会いに行った帰りにポツリと呟く。

「父上も、わたしにそんな気持ちを抱かれたのだろうか」

途中何度も、大正天皇の優しさ、聡明な正直さが上皇陛下と重なった。大正天皇はお若くして崩御されたが、そのお孫さんの平成天皇は、長生きをしておられる。ご家族との時間を大切にし、お子様を里子に出すこともなく、自分の手元でお育てになった。それを微笑みながら身守っている大正天皇のお姿が見えた気がした。

誰よりも情深い天皇であることを目指していた。8月15日のずっと前からこの人はずっと、神棚に祀られる存在ではなく、人として統べようと志していた。

「父上は、お産まれになるのが少し早すぎたのかも知れません」

死後、昭和天皇と節子さまが、至尊の座の前で、静かに語る。

「叱ってはくれないのですか、母上」

「我が子が自分の足で歩くことを喜ばない親はいませんよ」

親はいつでも子を愛している。例えその愛し方が、自分が求める形ではなかったとしても。

思っていた以上に親子の物語だった。大正天皇のイメージが漫画「昭和天皇物語」しかない私としては、これが真実であって欲しいと願わずにはいられない。

玉座の前方の、背もたれからずっと離れた場所に、踏ん反り返るなんざ思いもつきません、ってくらいに膝を揃えてちょこんと座っておられるご様子。お膝に置かれたお手手が、時折、ズボンの膝頭をきゅっと握りしめている。あれこれ感情がうずくんだろうけれど、ぐっと我慢しておられる。

父たる明治天皇からの訓戒が「情を捨てよ」だものね。帝国の器であれ、器に中身など要らぬ、と繰り返す父を否定することなく、懸命にバランスを保とうとしたのよね。

即位礼正殿の儀も間近なタイミングでの再再演。令和が優しい御代となりますように。

幕前にずっと鳴り響いていた地響きが、今の時代への警鐘に聞こえた。

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