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感情自販機 (ショートショート)

「今日は、安心かな。」
俺は5000円札を自販機に入れ、ボタンを押した。ゴトンっとカプセルが落ちてくる。それを、慣れた手つきで開けた。

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この自販機を最初に目にしたのは2年前。その日、会社の残業で家に帰る頃には12時をまわっていた。辺りはすっかり暗い。

家に着く直前それはあった。見た目は普通の自動販売機。けれど、中身は普通のものとはかけ離れていた。
その自販機には、飲み物は売っていない。何が売っているのかと言うと感情だ。そこには様々な感情が書かれたカプセルが売られていた。ひとつ5000円。高いとは思ったが、好奇心には勝てず、ひとつ買ってみることにした。

「幸せ」という感情を買ってみる。カプセルはガチャガチャのものと変わらないように見えた。カプセルを開けてみると、突然目眩のようなものに襲われた。目眩と言っても、不快感はなく、眠りにつく直前のようなふわふわとした感覚だった。

目を開けるとそこには、多数の水着の女性が居た。そこがどこなのか分からないが、そんなことはどうでもよかった。俺は幸せだった。

どれくらい経ったのだろうか、気がつくと俺は自販機の前に立っていた。不思議なことにカプセルを開けた後の記憶はなかった。だが、確実に幸せだったという感情は残っていた。半信半疑だったが俺は確信した。これは、感情を売る自販機だと。

それから俺はすっかりこの自販機の虜になっていた。不思議なことにこの自販機は、一度購入すると消えてしまう。しかも、一度に購入できるのは一つだけと決まっていた。俺はこの、定期的に現れては消える自販機の感情を全制覇することが目標となっていた。

「安心」「残念」「恐怖」「快楽」様々な感情がそこには売られていた。中には、ハズレと言えるものもあったが、それもそれで楽しんでいた。

俺は7年の歳月をかけ、全制覇まであと一つというところまできた。そのある一つの感情というのは「喪失」だ。なぜ、これを最後まで残していたかと言うと、値段が高かったからだった。他の感情は一律5000円だったがこれは、10万円もする。さすがに、今まで手が出なかったが、あと一つで全制覇まできて、諦めるのもなんだか悔しかった。

俺は意を決して、「喪失」を買ってみた。
落ちてきたカプセルを開けると、、、

何も起こらなかった。

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