見出し画像

大学中退キメてAndroidエンジニアになった話(後編)

前回の記事の続きです。

ナーナー期

2年秋〜冬

この頃の僕は特に作りたいアプリがあるわけでもなく、とはいえプログラミング自体は好きだったため、惰性でアプリを作り続けていました。

この頃にもっと最新技術を追ったり、プログラミングの原理原則を学んでいたら違ったのかなぁなんて思いますが、後悔先に立たずですね。

1年生の春からずっと親に「僕は情報学部に行きたい!行かせてくれ!!」と懇願し続けていました。遂にこの頃、親は少々折れてくれたのか、「転学部なら許してやる」という許しをいただきました。

ですが僕が通っていた大学では情報学部への転学部試験がありませんでした。なので1から大学を受け直さなければなりません。

レベルを落として大学受験し直すのはなんとなく嫌という気持ちがあったため、かなりの受験勉強をしなければなりません。(なんせギリギリ受かった大学でしたから)

当時許しをいただいたのが10月、センター試験などがあるのは1、2月のため、どう考えても間に合いません。なので3年生の冬に大学受験をし直すことを決意しました。

転機

3年春

3年生になった直後くらいにTwitterで逆求人で人が足りないから参加しませんか?というツイートを目にしました。

逆求人という言葉は知っていたものの、強い学生たちが集まる場所、僕のレベルは到底そこまで及ばない、と尻込みをしていました。

現場で働いているエンジニアや人事の方にアドバイスが貰えたり、実際にインターンに参加出来たりといいことずくめなのも知っていました。

僕は奮起して、そのツイート主にDMし逆求人の会社の方と繋がることが出来ました。

そして逆求人のイベントに参加するにはポートフォリオが必要、ということでそれからアプリを作り始めました。

逆求人に参加すると決めたのは4月後半、イベント開催は6月頭とそれなりに時間があったため、当時自分ができる最高傑作を作りました(今思えばちんちくりんなアプリです)

そして迎えた当日、周りは強そうな人ばかり。

大学の研究で機械学習やってます、自分でWEBサイト作って運用してます、などなど

参加している企業さんはどこも有名なところばかり(名前は伏せます)

最初に各企業から会社説明があり、それから各企業の方と面談です。僕は自分のアプリの紹介を必死でしました。

面談後、各企業からフィードバックをいただきました。どこの企業にもあまりいい評価はしていただけませんでした。

しかし、ある企業からかなり高い評価をしていただきました。エイチーム株式会社さんです。(Qiitaを運営している会社)

そしてその後の懇親会でエイチームのエンジニアの方から、「インターン参加してみたら?」と言っていただき、その場でインターン参加を申し込みました。

この逆求人が僕の人生の岐路と言っても過言ではありません。

 インターンめちゃくちゃ楽しいじゃん!期

このインターンはAndroidに直接関係があるわけではありませんでした。ですが実際の現場でどういった動きで開発が進んでいき、どういうコミュニケーションを取ればいいかなどを学べると思い参加しました。

Ruby on Railsを使うインターンでしたので、Rails Tutorialを一通り進めてインターンに臨みました。

8月某日、僕は埼玉から名古屋に向かいました。

会社に着くと、やはり強そうな学生たちばかり。正直Rail Tutorial進めたものの、ほぼ写経だったためあまり知識がない僕は不安でいっぱいでした。

最初に説明が行われます。3人1チーム(メンターが2人つく)となり、開発を進めていく方式でした。

ポイント制で順位がつけられ、3日の合計ポイントが1位だったチームが有償です。

初日の午前中はDockerの練習、午後はバグを仕込ませたシステムのバグ改修です。

僕と同じチームになった2人はかなりプログラミングが出来る人で、僕は1人取り残されている気分でした。ですが、自分に出来ることをしようと思い、超絶簡単なバグを少しずつ修正していきました。

このバグ改修はチケットごとにポイントが割り振られていて、僕たちは初日のポイントで見事1位を取ることができました。

2日目の課題は、「既存の日報システムに新たな機能を加えろ」というミッションでした。2日目と3日目の午前で実装し、3日目の午後に発表です。

午前中はどんな機能を加えるか、使用しているエンジニアにヒアリングをし、チーム内で話し合いをする時間です。

チーム内ではかなり意見が固まってきていましたが、いまひとつしっくりくるものではありませんでした。メンターの方も「これでは勝てないね」とのこと。

かなり行き詰まっている中で、僕が出した意見が通りその機能を実装していくこととなりました。

技術的には劣っている僕が出来ることはチームマネジメントと発表だけ。チームのみんなの状況を見て指示を出し、また発表資料を作るということをしました(流石にちょっとは実装したよ)

3日目の午後、遂に発表の時間です。かなり緊張していましたが、無事発表を終え、結果発表。見事1位。優勝しました。

このインターンで、チーム開発の楽しさ、自分のチーム内での役割などを学ぶことができました。

このインターンがきっかけでエンジニアになる意思が固まったかと思います。

超悩んでた期

インターンも終わり、エンジニアになる意思が固まった頃、受験のことを思い出しました。

エンジニアになるために情報学部に転学したいということでしたが、このまま同じ学部にいて独学でエンジニアになる方が早いし、それでいいかという気持ちにもなってきました。

ですが、この頃から大学では研究が始まりました。僕がやっていたのはモーターの最適化。正直一切の興味がありませんでした。

研究の日々はかなりしんどく、Androidのことを勉強する時間もあまりありませんでした。

このまま研究に時間を取られ、勉強する時間が取れないままエンジニアになれるのか?という不安もありました。

さて、この状況皆さんならどうしますか?

僕の頭には「退学」の2文字が浮かびました。

ですがやはり今のこの日本で高卒はかなり不利。大学を卒業しておきたい気持ちもあり、かなり葛藤していました。

土日や授業の隙間時間に少しずつ勉強をしていましたが、やはりあまり時間は取れず、中々進歩している気がしませんでした。

悩みました。とにかく悩みました。

僕は悩みを人に相談するのがあまり好きではありません。基本的に相談する時って自分の中では答えが決まっていて、背中を後押ししてもらいたい時に相談するものだと思っているからです。

肯定されたら「やっぱそうだよな!」、否定されたら「んー、でも...」と。

なので僕はこの悩みはほとんど誰にも相談しませんでした。親にも友達にも先生にも。

頭の中を整理したくて、今どんな状況で自分がどうしたいかなど、とにかく自分が喋り、彼女は相槌を打つだけということはしましたが、それ以外は誰にも何も言いませんでした。

やっぱ大学やめる期

親しい友達、先生、親、同じ日に同じ話をしました。

「俺やっぱ大学やめるわ」

友達は後押ししてくれました。「お前がやりたいことをやればいい」と。

先生は必死に止めました。「君は優秀なんだからこのまま研究をしてからでも遅くない」と。

親はわかってました。「なんとなくそんな気がしてた」と。

僕は決めたことはあまり曲げません。やめると決めたらやめる。誰になんと言われようと。

その日、退学届をもらって帰宅しました。

さてエンジニアになるぞ!期

退学を決めたのはいいものの、就職先は決まっていません。

さてどうしましょう。

Androidエンジニアの募集を探していると、ある会社を見つけました。

アルサーガパートナーズ株式会社です(ステマかい!笑)

とにかくビジョンが好きでした。

「人をつくる」

「言われたことだけをやるのではなく、自分たちから提案したり行動をする。」

僕はこのビジョンに惹かれ、すぐさま応募しました。

書類は通過し、いざ面接へ。

エンジニア1人とアプリチームのマネージャー1人が迎えてくれました。

実際に作ったアプリを見せ、様々なフィードバックをいただきました。

・UI/UXにもっとこだわってみよう

・ページをもっと増やしてみよう(状態管理をどうするか知りたかったんだと思う)

などなど。

フィードバックをいただくたびに、自分のアプリを修正しまた見せる。

3度の面接をし、遂に合格をいただきました。

そして2020年4月、僕はアルサーガパートナーズでAndroidエンジニアとして働いています。

素敵な方々に囲まれて、楽しく、また非常に刺激のある毎日を過ごしています。

あとがき

これは僕の2019年, 2020年の振り返りとして書き始めました。

大学をやめるのは正直おすすめできません。大学は卒業するべきです。

ですが、もし大学をやめてしまったとしても道はあります。

一つの道標として読んでいただけたらと思います。

駄文ですが、最後まで目を通していただきありがとうございます。

これからも精進してきますので、暖かい目で見守っていただけると幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?