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小説

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執筆した小説をまとめています。
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記事一覧

【小説】特別な仕事

 「お疲れ様でした」
退社の準備を整えたらしい若手社員の堂島が挨拶しに佐藤の元へやってきた。期待の新人と噂されているだけあって、ちゃっかりと顔馴染みになっておこうという算段だろう。なかなか抜け目ない男である。そんなことを思いながら軽く返事をすると、すかさずキラキラと目を輝かせて言葉を連ね返してきた。
「入社した時から佐藤さんのご活躍を伺っていました。もう憧れの存在で、お会いできて光栄です。これから

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【小説】イカロスの天秤

ここが人生の変わり目だったと、断言できる人間はどれくらいいるだろうか。

「あなたの人生論」というテーマで特集をしているから、そこで一つ記事を書いてくれませんか?
編集長の長富氏からお話をいただいたのが始まりだった。どうやら以前お会いした時に話したパイロット時代のエピソードをいたく気に入ったらしく、日浦さんの話を是非改めてお聞かせくださいときたものだ。確かに、パイロットから文筆家の端くれへ転身を果

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[小説] 流行りの番組

 男は暇をもて余していた。

 仕事をするという概念はもうない。人類はあらゆる事務と肉体労働から解放されていた。この社会には、作業内容や管理目的に応じてたくさんのAIが存在する。それぞれ独自の学習方法を持ち、最適化して人の代わりに働いている。人類は自分の行動に責任を負う必要が無くなり、多くは娯楽に耽るか芸術に身を捧げるかという世の中であった。

 手持ちぶさたな男はテレビをつけた。スポーツ番組から

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[小説] 目の病気

エヌ氏はたった今ディスプレイに映った文章を一通り読み上げた。

「本日の活字数制限に達しました。業務を終了してください」

 エヌ氏はメガネの位置を直すために一呼吸すると、早々に帰る支度を始めた。これ以上仕事を続けると労働文字基準法に違反してしまい、下手をすると首になってしまうからである。わざわざ働いてまでルールを破ろうとも思わないので、残ろうとする者はいるわけがなかった。

 エヌ氏は会社を出た

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[小説] 螺鈿の思い出

私は母方の祖父母の家に来ていた。玄関から入って、廊下の途中にある階段を上がったところに、祖父の部屋はあった。中には家具も小物も少なく、無駄なものはいらないという性格がよく表れている。あまり掃除されていなかったのか、いたるところに埃がたまっていた。

 祖父は普段から自分のものは自分が管理すると言って聞かなかった。祖母が先に亡くなってからは、母が時折帰ってきて家中を掃除をしていたらしい。それでも、祖

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[小説] 糸

自分だけ変なものが見えるという話は案外巷に溢れているらしいです。霊感だなんだと言って、話題の種にするものなのだそう。

 そうはいっても周りに直接打ち明けることはなかなか出来ないものです。私だって、変な子だと思われるのは嫌だったのですから。

 私はスマホのメモ帳に日記として残すことにしました。いつかブログやSNSのネタにでもするつもりで。

 「それ」が見えるようになったのは、数日前からでした。

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