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おいしい!歴史ブラ歩き サッポロラーメン① スープと豊平川の美味しい関係

豊かさとは選べることだと思います。私は、なじみのお店でじっくり過ごすのも好きですし、安定した味を手軽に楽しめるチェーン店も好きです。洋食、和食、中華、ビール、ワイン、ウイスキー、高級店、チェーン店・・・たくさんの選択肢の中から「今日はどこに行こう」と悩めることが幸せでした。今、その豊かさが急速に失わています。

食に関する表面的な情報は氾濫しています。しかし、その背景や歴史、風土、文化まで掘り下げた情報はほとんどありません。私の経歴を振り返ると大学で博士号を取得(古生物学・地質学専攻)し、前職(六花亭)では商品開発に携わり、新聞販売業界に入ってからは地域情報の発信を続けてまいりました。今こそそうしたキャリアを活かし、北海道の食と歴史を深く掘り下げて、本当の意味で「味わう」文化をはぐくむお手伝いをしたいと思います。

その思いを実現していただいたのがNHK北海道のほっとニュース北海道です。「知るほどおいしい!札幌のビール」として先日トライアル放送していただき、おかげさまで大変好評だったようで、今後シリーズ化される見通しとなっています。

noteでは、テレビとは違った切り口で、グルメ+街歩きをテーマに、食の魅力や自然史・歴史の面白さ伝えたいと思っています。また、情報発信だけにとどまらず様々なサービスやイベントも準備中です。決まり次第、公開いたしますので今しばらくお待ちください。微力ではありますが、今後も地域をつなぎ、楽しい地域生活をサポートできるよう邁進してまいりますので、応援よろしくお願いいたします。

「うちのスープはここの水でしか作れない」

900軒以上がひしめく全国屈指のラーメン激戦区・札幌。豊平区美園の住宅街にある「麺屋彩未」には平日にもかかわらず、30人以上のお客さんが列をなしています。

昆布、香味野菜などをじっくり丁寧に炊き上げたスープはしっかりしたコクとすっきりとした後味があり、コシが強い中太の縮れ麺とよく絡みます。奥雅彦店主のこだわりが水。「場所が変われば水が変わる。うちのスープはここの水でしか作れない」と断言します(※1)。サッポロラーメンの美味しさのカギを握る水。その秘密に迫ります。
※1.ラーメンをつくる人の物語 ― 札幌の20人の店主たち ―長谷川圭介

豊平川は世界トップクラスの急傾斜

ラーメンの話をする前に、豊平川について触れます。というのも、札幌市の水道水の98%が豊平川から供給されており、つまりは札幌の料理は豊平川の水から作られているともいえるからです。

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豊平川は札幌市と千歳市の境界にある小漁岳を水源とし、札幌市東区と江別市の境界で石狩川に合流する一級河川です。その特徴は、水源から河口までわずか72キロの間に1200メートルもの標高差を流れ落ちる世界的に見てもトップクラスの急勾配の河川であることです。例えば、アメリカのコロラド川の場合、1000メートルの標高差を流れ落ちるのに、河口から1200キロもの距離を流れています。これだけの急勾配ですから、大雨が降るたびに洪水を繰り返してきました。

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明治30年 豊平橋流出の絵ハガキ(札幌市公文書館蔵)

初代豊平橋は明治4年に架けられましたが、以降150年の間に実に30回以上も洪水によって豊平橋は流出しました。一方で、豊平川の特徴である急勾配は札幌の“食”に大きな影響を与えます。

軟らかい水と硬い水

軟水・硬水という用語があります。水が軟らかい・硬いとはどういうことでしょうか?水の硬度とは、水に含まれるミネラル(カルシウムイオンとマグネシウムイオン)の量に基づいた数値で、ミネラルが多い水を硬水、少ない水を軟水と呼びます。フランスのミネラルウォーターのエビアンなどがそうであるように、アメリカやヨーロッパなどの大陸では硬水が多く、対照的に日本の水は軟水が圧倒的です。なぜ地域によって水の硬度は変わるのでしょうか?

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水は地表を流れている間に周囲の地層からミネラルを取り込みます。そのため、水が地表を流れる時間が長いほど多くのミネラルを取り込んだ硬水となります。アメリカやヨーローパなどの大陸では地形が緩やかなので、川の流れも緩やかとなり、結果的にミネラルの多い硬水となります。対象的に島国である日本は川の流れも急で、地表からミネラルを吸収する間もなく流れ落ちるためミネラルの少ない軟水が多くなります。広大な関東平野をゆったりと流れる利根川は、ややミネラルの多い中硬水となっています。

地形だけでなく、地質も水の硬度に影響を与えます。カルシウムを多く含む石灰岩地帯を流れる水は地層から溶け出したカルシウムの影響で硬水となります。沖縄県はサンゴ礁が隆起した石灰岩地帯のため日本ではほぼ唯一の硬水地帯です。豊平川は世界トップクラスの急勾配であり、水源地帯である札幌西部山地の地質はカルシウムやマグネシウムに乏しい火山岩からなっており、こうした自然要素により豊平川の水はまろやかな口当たりとさっぱりとした風味が特徴の軟水となっているのです。

スープの旨味を引き出す豊平川の水

煮る、炊く、茹でる・・・料理において様々な工程で大切な役割を果たしているのが水です。極端に言えば、日常的に最も使われている“食材”は水と言えるのかもしれません。水の違いは料理に決定的な違いをもたらします。

パスタの本場・イタリアでは硬水で調理されています。硬水を使うと、水に含まれるミネラルがパスタのデンプンと結合して硬くなり、麺にコシが出ます。一般にパスタをゆでるときはお湯に少量の塩を入れますが、これも塩のミネラルとパスタのデンプンを結合させ、コシを出すための工夫の一つです。

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とんこつラーメンや沖縄そばは豚骨や鰹節ベースでダシを取ります。このとき、水に含まれるミネラルが獣肉の臭み成分と結合して灰汁が発生します。軟水ではミネラルが少ないため、灰汁があまりできず、臭みが取り切れませんが、硬水では大量の灰汁が肉の臭みを取り去り、すっきりした旨味を引き出します。とんこつラーメンの本場である熊本の阿蘇山の地下水(熊本市の水道はほぼ100%地下水)は地中をゆったりと流れている間に地層中から溶け込んだミネラルが多く取り込まれるため、硬水となります。沖縄の場合は、サンゴ礁由来の地層から溶け出したカルシウムが多く含まれるため、硬水となります。とんこつラーメンも沖縄そばも、地域固有の地質由来の硬水を活かした麺料理なのです

香味野菜や鰹節などからラーメンのスープを作る場合、適しているのは軟水です。ミネラルにじゃまされずに素材の味が引き出されるからです。豊平川は世界トップクラスの急流のために、ミネラルが少ない軟水となっています。札幌ラーメン美味しさの秘密は、新鮮な北海道の野菜や鰹節などの素材の旨味を上手に引き出す豊平川の軟水のおかげなのです。ラーメンだけではありません。スープカレーも道産野菜の旨味を味わう料理ですが、札幌でスープカレーが生まれたのも素材の旨味を引き出す豊平川の軟水のおかげです。札幌には、ビールやラーメン、スープカレーなど美味しい料理がたくさんありますが、こうした食文化が生まれたのも、豊平川の軟水のおかげであり、つまりは札幌の地質や地形の恵みといえます。

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執筆者・伴野卓磨のプロフィール
“美味しい街歩き”創始者。道新りんごステーション代表取締役。理学博士(地質学・古生物学専攻)。六花亭製菓にて商品開発を担当。2019年より現職。NHK北海道「ほっとニュース北海道」にて、グルメをテーマにした街歩きをテーマに不定期出演中。

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