千人伝(百五十六人目~百六十人目)
百五十六人目 偽書
ぎしょ、は偽物を書いた。故人となった有名作家の未発表作品を記し、未完の大作の続きを書き、聖書の記述を大幅に増やした。
彼は生涯で千作の偽作に関わり、そのどれもが偽物と気付かれることなく世間に流通した。彼は晩年、どこにも発表しない文章を書き続けた。偽作を書き続けたために自分の文章を書けなくなった人の話を、ありとあらゆる文人の文体で記した。
鏡にはもはや自分の顔が映らなくなっていた。
百五十七人目 ドウロク
ドウロクにあてられた漢字は今では不明となっている。同じことを毎回六度繰り返す同六だとか、ろくでもない道楽者の道碌だという説もある。どうしようもないロクデナシ、というのが一番しっくりくる言い回しであるが、残念ながら実にしっかり者で、男女双方から愛された。
この評伝には何も特別なことなどなく生きた人の記録も入れておく。ドウロクは子や孫に囲まれ幸福な余生を過ごした後、政府に向けて自爆テロを決行し、罪のない人も多数巻き込んだ。そこに至るまでの彼の心情を知る人は誰もいない。
百五十八人目 茱萸呑み
ぐみのみ、と読む。グミを飲み込む人であった。噛まずに飲み続けた。食事はそれしか摂らなかった。飲み物も飲まなかった。グミは主食で飲料であった。
味にはこだわらなかった。グミなら何でも良かった。そもそもは勘違いから始まった食生活であった。「ぐい呑み」という食器を「グミ呑み」と聞き違えたのだ。理解しないまま「それは良い」と思い、お猪口より少し大きなぐい呑みにグミを入れて飲んだ。以来病みつきになった。その姿を見る周囲の者は病んだ。
グミだけで生きることは不可能ではないが、健康的とはいえず、三十歳の誕生日に茱萸呑みは身体全体に詰まったグミが原因で亡くなった。グミで蓋をされたその身体からは体液がなかなか流れ出さず、死体が発見された際には、もはや人体ではなく巨大なグミとなっていた。呼ばれた警官の一人が異常な好奇心の持ち主であったために、一口食べてしまった。その警官は現場検証の途中でトイレに籠もったまま行方知れずとなった。
百五十九人目 声帯
せいたい、と読む。声帯は物心ついた頃から自分の声質が好きになれず、ほとんど人と話さないようにして過ごした。美しい歌声の持ち主や、他愛もない会話を交わすだけで人を心地よい気分にさせる声の持ち主に憧れた。
いや、声そのものに憧れるようになった。
肉体も精神もいらない。声そのものになりたい、と声帯は願い、実行した。
肉体を音声に変換し、なおかつ理想的な声質を持たせることに成功した。声帯は一吹きのつむじ風として、世界を経巡った。いつまでもいつまでもかき消えることなく吹き続けた。歌い続けた。
百六十人目 元元人間
もともとにんげん、と読む。
はじめは人間であったが、人間から離れた者になり、巡り巡って結局は人間へと戻ったために、元・元・人間、となった。
元元人間は最初の人間時代を三十年、元・人間時代を三十年、最後の元・元人間時代を三十年生きた。それぞれの時代に伴侶を得ていたが、それぞれに死に別れた。一番荒れていたのは最初の人間時代で、直接ではないが人を殺めてしまったこともあった。元・人間時代は人間から迫害を受ける側となり、それまでの罪を甘んじて受けるようにして、身体は打たれ撃たれ討たれるごとに、散逸するに任せていた。しばしの時を経て復活するごとに「このような身体は間違いだ」と言い続けた。
元・元人間時代は穏やかに過ごした。しかし周囲の世界は穏やかではなく、彼の知るどの時代よりも人心と環境は荒れ果ててしまっていた。元元人間は伴侶とともに、虐げられ捨てられた子どもを引き取って育てた。その数は年々増えたが、晩年にようやくゼロになった。人の数そのものがゼロに近づいていた。
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