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千人伝(二十六人目~三十人目)

二十六人目 原座

原座はある劇団の座長であったが、資金繰りが出来なくなり、やむなく劇団を解散した。団員はそれぞれ個々で活躍し、キャリアを上り詰めていったが、原座だけはいつまでも「元・座長」でしかなく、誰にも誘われず、何にも出演することもなかった。

原座は人を集めることを諦め、幽霊たちと共に過ごすようになった。曰く付きの物件やら心霊スポットやらを巡り、怪談ものを演りたいと誘えば、いくらでも幽霊をスカウトすることが出来た。演劇に興味を持つ死者は意外と多いのだ。

原座は両親を騙して実家を売り払い、劇場を借りて興行を打った。幽霊を見ることの出来る観客はごく一部だったので、多くの人にとったはただの原座による一人舞台にしか見えなかった。もちろん観客はほとんど入らず、話題にもならず、千秋楽に原座は団員たちに仲間入りした。

誰もいない真夜中に劇団を率いて原座は今日も稽古を続けている。

二十七人目 脱兎

脱兎は山から逃げてきた兎が人に化けた姿である。
山では暴力が日常であり、ひ弱で文系で声の小さい脱兎には合わなかった。
街で脱兎は生き延びるために歌を歌い、絵を描き、詩を売り、文章を書いた。その全てが兎についてのものだったため、兎マニアにはそれなりに受け、人が一人生きていけるくらいは稼ぎ出すことが出来た。
だが脱兎にギャンブル依存症の恋人が出来たことで、脱兎の口に入る食べ物を買う金が尽き
、脱兎は山へと帰った。二日間は生きた。

二十八人目 老川

ろうがわと読む。川で暮らしている。生活用水が全く濾過されずに流れ込み、上流では人も獣も死骸は全て川に流す風習の残る古い村がある。そんな川に年中浸かりながら過ごしているから、身体も冷えるし病気もする。けれどもその川の水は聖なる水だからといって、飲んで生き延びている。実際老川は川底にいる小さな動植物と水だけで飢えずに生きて、三百歳を超えているのだとか。

老川に憧れて彼と同じ生活様式を試みた者は、皆三日と持たずに亡くなった。

二十九人目 仮名

カナは仮の名ではあるが、本人も本名を忘れてしまっているので、仮名として過ごしている。名前というのは自分で言い張ってしまえば通るもので、法律の外で生きる者にとっては大した意味もない。

仮名は人と知り合っても、その人に覚えてもらえないという特性を持っている。昨晩熱く語り合った誰それも、翌日には仮名の顔も声も話した内容も忘れてしまっている。仮名の方で毎日抱き合っているつもりの相手は、毎日行きずりの人を愛していると思い違いをしている。

ある時仮名は自分の親だと言う詐欺師に引っかかり、大金を払わされそうになった。しかし翌日には詐欺師は全てを忘れていた。金は失う寸前に取り返すことが出来たが、親だと名乗る人物には二度と出会えることはなかった。

三十人目 写人

しゃじんと読む。写真の中の人物がむくりと起き上がり、肉体を持つことがある。その中の一人について書く。

人は角度や表情によって、実際の人物より美しくまた醜く写ることがある。その美しさと醜さの極まりに達した写真の中から、写人は生まれる。美の極みとして生まれた写人は詐欺師となり、醜さの極みとして生まれた写人は妖怪の類となる。

醜さの極みの方として生まれた一人の写人は、自身の記憶を獲得するために、元の写真に写った人物の住む界隈に近付いた。本人に出会う前に、その人物が一番醜い顔をしていた時を愛していた男に先に出会ってしまい、写人を理想の人として迫ってきた。写人は人の数倍力が強いために、迫ってきた男を叩きのめして追い払ったが、どれだけ傷ついても骨を折ってもなお、男は写人に迫った。ついに写人は根負けして暴力によって追い払うことを諦め、永遠に続くかのような罵詈雑言を男に浴びせた。男は恍惚としてその言葉を聞き続けた。まだ聞き続けている。まだ聞き続けている。


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