「人の降る街では転落死を防ぐために政府から羽根が支給された」#シロクマ文芸部
赤い傘を差していたので、血の雨が降っているのに気付くのが遅れた。手首を切った女性が空を飛んでいる。自分の手首を切ったらしき刃物を振りかざして、空を翔ける男を追いかけている。傷ついた二人の動きは鈍くなっていくのだが、背中の羽根は二人の意思とは関係なく羽ばたき続けるものだから、二人は絶命してもなお落ちてはこない。
あまりにも人が飛び降りて死んでいく街だったので、政府は転落死防止の為に、この街に入る者に羽根の装着を義務付けた。おかげで転落死とそれに巻き込まれての理不尽な死はなくなったが、羽根の電池が切れるまで空をさまよい続ける死体が増えただけであり、街で発生する死の総数に変わりはなかった。
人が人を騙し、騙された人が騙した人の命を奪ったり、奪われる前に先に奪っておいたり、といった街の暗黙のルールに、うまく従えないから私はまだ生きている。この街で産み落とされた私のような者より、よそ者の方がすぐに命を落とす。彼らはむしろ命を落とすためにこの街にやってきているのだともいえる。昔からこの街にいる者に政府は羽根を与えなかった。生まれた時からこの街で発生する、致死量の毒を浴び続けている私たちには免疫がつきすぎていた。
電池切れが近づくと、羽根は地上へとゆっくりと下降していく。雨風にさらされて、カラスに突かれて、無惨な状態となった死体と共に降りてくる。それらに群がって、僅かでも金になる物を盗んで命を延ばす者たちがいる。羽根は電池を入れ替えて、新しく街にやってきた者に渡される。ビルから飛び降りても死ねなくなった人たちが今日も空を翔けている。
私は血で汚れた赤い傘をゴミ捨て場に投げ入れた。ゴミに紛れて人も捨てられていた。私は飴を袋から取り出して、間違えて飴をゴミ捨て場に捨てて袋の方を口に入れてしまった。飴にはすぐに鼠と虫と人が群がっていた。私は今更飴の袋を吐き出すことが恥ずかしくなり、そのまま呑み込んだ。
(了)
今週のシロクマ文芸部「赤い傘」に参加しました。
頻繁に人の降る物騒な街は、以前書いた「ヨルノガ・オーバードーズ」と同じ舞台。前日譚のような感じ。飴の袋を開けてゴミ箱に飴を捨てて手のひらに残った袋をじっと見つめたのは先ほどの話。
入院費用にあてさせていただきます。