Re Act 翡翠の瞳8

昔からこいつは馬鹿だと思っていたが、
今回だけは頭が痛かった。

「ねえシュン、特にこだわりがないならマサが欲しいなあ」
「寝言は死んでから言え」
「寝てからじゃなくて……!?!?」

ーーー

何でそんな発想になったんだと、半ば呆れながら聞いてやる。
それに、シンは「血液が飲みたいけど、シュンにあげてるから断られる」と。

それはそうだろう。
真実がどうかはさておき、アレは血液確保のための人員としてここに居る。
要するに、俺が飲む血液としているわけだ。
俺はあまり頻繁に飲みたくないせいで、一回の量が少し多めになる。

そんなに毎回大量に取られていては、さすがに人間はもたない。
それくらい分かるだろうに、何を言っているんだこの馬鹿は。
無茶ぶりはグランドピアノ買って屋敷に置いてのあれだけで終わらせろ。

「断る」
「なんで?」
「お前用の血液が欲しいだけなんだろう。自分で探せ。
 俺は契約できちんと確保している、横取りするな」
「とか言って、気に入ってたりしない?」

………。こいつ、そっちが本題か。
まあ確かに、俺が人間を傍に置くなど珍しいから、気になるのは仕方ないだろうが。
単純に、飯の質が上がったから置いているだけだ。
無理やり理由をつけるなら、マサは人間でも嫌いではない部類だというだけ。

アレは、どこか達観的というか、冷静に俯瞰しすぎているところがある。
直情的な者が多く、実に煩わしい人間共の一端としては珍しいといえる。
最初は、女でないだけまだ我慢できるかという具合だったものの
人間という視点からみても、どこかしら異端じみていた。

それを気楽だと思うのは、まあ認めてやらなくはない。

「変な探りを入れるな。鬱陶しい」
「バレた」
「バレないと思ったにしてはわざとらしいんだよ、お前は」
「だってさあ、お前ずっと一人で生きてきただろ。
 これでも心配してるんだぜ?」

………。俺より年上だというのは分かるが。
この低能に心配されていると考えると、素直に喜べない、頭が痛い。
重い溜息をつくとブーイングが飛んできた。
うるさいうるさい、俺は面倒事が嫌いだし煩いのも嫌いだ。

しっしと手で払う仕草をしてから、執務机に向かう。
契約とはいえ反していいわけではない。仕事はする。
この森はそこそこ治世が悪かったが、俺が頭を潰したら大人しくなった。
自然界などそんなものだ。強い者が統治権を得る。なら俺が頭になればいいだけだった。

「お前もさ、人間を避けて暮らしてるじゃん?」
「あんな積極的に争いたがる種族と関わりたくはない」
「面白いのも居るんだよ?」
「興味ない。俺はお前ほど好奇心の塊じゃない」
「マサとかさあ」
「………。蒸し返したがるな、鬱陶しい」

別に、くっつけというわけではないだろう。そもそもアレは男だ。
しかし、吸血鬼と懇意になる人間が、全く居ないわけではない。
そういう人間が現れた場合、俺達がすることは殆ど決まっている。

それをしろと言いたいのかと、半目で睨みながら見てやると
そうは言わないけどぉ、と言いたげににっこりと笑顔を返された。実に鬱陶しい。
言っていることと態度が合っていない。
そんなに心配されるほど俺は困っていない、無用な節介だ。

「人間なんかと共に暮らさなくても、俺は何の問題も無い」
「お前は人間以外とも住まないけどね……??
 浮いた話のひとつも聞かないじゃないか。何歳だよ」
「50と少しだ」
「いやそこだけ真面目に返されても困るんだけどね」

人間の見た目でいうなら25歳程度で止まっているが。
吸血鬼の部類ではまだ若い方で、まだまだこれからだと言いたいのだろう。
若いのにさあ、と机に頭をごつんとつけてきた。
そのまま強打して気絶してくれやしないだろうか。

結婚しろと言っているわけではないのは分かっている。
俺達、吸血鬼は人間ほど婚姻や血族にこだわりがないので、
結婚せず生涯を終えるものも少なくはない。
割合としては半々ほどだろうか。知らないが。

「僕はね、お前がそうやって心を閉じたままなのが心配なんだよ」
「お前には害がないんだから放っておいてくれ」
「友達の心配をするのは普通だと思わないか?」
「………。不要だ」
「そこは否定しないんだ」

何だかんだ言って、シュンは優しいままなんだとにやりと笑われる。
そういうのは求めていない、今すぐ顔面に拳を叩きこんでやりたい。かわされるのだろうが。

そりゃあ、俺だって無知で純粋だった頃があったよ。
今みたいに貼り付けた笑顔を浮かべるような奴じゃない時代があったとも。
それでも、50年の歳月はそれを変えるには充分だった。
人間が如何に汚らわしく、関与するに値しないのかくらい分かる程度には。

(俺が何をしたっていうんだ)

俺が何かをしたのなら、それは自業自得だ。因果応報、返ってきて当然だろう。
けれども、俺は特に何もせずとも、人間の女が勝手に勘違いをするのだ。
そうして喚き散らし、きいきいとやかましい声を上げる。ああうるさい。
煩わしい、ただそれだけが残る。何度考えたってそんなものは変わらなかった。

くだらない理由。面倒くさい口実。
つまらない言い分。見当違いな言い訳。
整合性のない言葉の羅列のなんと醜い事か。
あんな種族がいることが、既に害悪だとすら思ったものだった。

「今まで会ってきた、お前が嫌いな人間とマサって違うだろう?」
「そうだな。だからといって気を許す気は無い」
「なんでー」
「退魔師だからで理由は充分だ」

俺達を駆逐するための存在、それが退魔師だ。
この間、対言霊操作系吸血鬼用のゴーグルを持っているのを見掛けた。
それなりに腕が立つのだろう、だからここにいる。
そんな奴に気を許して、何の得がある。

「あまりしつこいようなら、マサを放り出すぞ」
「えぇ……、お前のやり方悪辣なんだからそれはやめてあげてよ……」
「よく分かってるじゃないか。俺は嫌いなものは徹底的に嫌いなんだよ。
 あいつの精神が壊れていいなら話を続けるといい」
「ひど」

もう、俺に近寄る者など要らない。
触れようとするなら、叩き潰すだけだ。
心が壊れてぐしゃぐしゃに泣き腫らす姿を見たこともある、感慨などない。

俺は、人間と共生する気などない。

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