見出し画像

洪水について

北側の窓に面して机を置いてこの冬は過ごした。もっぱらこの眼前の風景だけが自分の世界で、ときおりやってくる小鳥たちが画面の主役である。双眼鏡で観察する。小鳥たちはメンタルが安定しているとおもう。言葉はなくとも概念はもっているのだろうか。「言葉のない世界は真昼の球体だ」という詩人の言葉。小鳥たちの集合無意識=真昼の球体が現前しているのだ。死んだ詩人の断言の力が降ってきた。

     1

洪水と
グールドの歌いながらの平均律と
腹痛と冷たい風と青い空と
離着陸を繰り返す自己意識よ、

飛行と潜水と
血と火と水と
生きている心よ、

黙っていても
歌っている

浮遊遊行僧よ、

祈れ。

死は指先にあるピアノを奏でる
彼=枯れ葉よ、
故郷は美しい
瞳の奥にある
拾った猫を避難キャンプに連れてきて満面の笑みでよろこんでいる
子どもよ、

地球の廻天を跨ぐひとつの不定詞がある。

Existence is Resistance 
存在は抵抗である

     2

釣りに出かけた茨城の海岸で地元の老人から津波の話を聞かされることが何度かあった。やはり誰かに伝えずにはいられないのだろう。津波がどれほど深く陸地に入り込んだか、どれ程高かったか、その現場で指さして教えてもらった。

それまで頭上にあったエーテル的頭部が肉体に入り、人間の内部が"Ich-bin"の暴威に貫通されたとき、人間の外部ではアトランティス大陸の水没=洪水が起きた、と言われる。

     3

イスラエルに封鎖されたパレスチナで自転車に乗って食料を買いに出かけた男性がイスラエル兵スナイパーに射殺された。倒れた自転車の横で屍体はそのままうつ伏せになっている。猫たちが三々五々集まって食べ始めた。猫たちも飢えていたのだ。意を決して家を出た男性は猫たちに食事を供した。人間の家族ではなく。

先祖返りしたシオニストたちは古代・中世の兵法=兵糧攻めを21世紀に再現した。自らの輝かしいエクソダスの歴史を転倒してパレスチナのイスラム教徒たちをエジプトに追い出そうとしている。悪の本質は時代錯誤にあると言ったのは百年前に死んだ靈學者だった。

イスラエルの少女兵士たちが殺戮したと
誇らしく語ったという
生きて保育器から出ることのできなかった幼子たちよ
見届けよ
近代兵器で武装しながら二千年先祖返りして祖靈の愚行を繰り返している
シオニストたちの罪がどのように贖われるか
神はわれわれの時空をひとつにしてしまったことを後悔しているか
残されたわれわれは地球大の良心をもちうるか
この虐殺をわれらの幼子「イエス」は生き延びることができたか

     4

我わが虹を雲の中に起さん是我と世との間の契約の徴なるべし
                         (創世記9.13)

     5

撃ち捨てられた保育器の中で
幼子たちの瞳が見上げている
死の雲のなかに立ち騰る
灰色の契約の虹

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?