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【ショートショート】AI書店と小さな反乱

「いらっしゃいませ」
 店の自動ドアが開いた瞬間に、店員さんの挨拶を模倣した機械音声が流れてくる。今話題の声優さんの声を元データとしているらしい。昔はもう少し機械音声というのは、いかにも「機械」っぽかったが、だんだんと人間と遜色なくなってきた。今ではどの店に行っても、聞こえてくるのは機械音声である。
 しかしそれにしても大型店舗ならばともかく、町の小さな書店でも「機械化」「デジタル化」「AI化」が進んでいるのには驚かされる。

 所狭しと並んでいる本棚。私はこの店に子供のときから通っているが、自分の背丈より高い本棚に囲まれているのが、何だかとても居心地がよかった。今もその雰囲気は失われていない。しかし、本棚の手前にはタッチパネルがある。

「あなたの年齢を入力してください」
 私が、3と2のところを押す。
「あなたの性別は?」
 ここで、3択の画面がでる。私は「女性」のところを押す。これらは私の個人情報を知りたいわけではなく、私ぐらいの年齢の女性が読みそうな本を選定するためである。
 パネルの問答は続く。
「好きなジャンルを教えてください」
 ここで私は「恋愛物」と答えた。続いて機械はさらに聞いてくる。
「本を読んでどんな気持ちになりたいですか?」
 ここで例えば「悲しい気持ち」と答えれば、恋人との別れがテーマの本が選定される。逆に「楽しい気持ち」などと答えると、夢のように晴れやかなハッピーエンドの恋愛ものが出てくる。
 私はしばしば考えて、「ドキドキする気持ち」と答えた。初恋のドキドキとした若くて甘くて苦い気持ちを感じたかった。
 他に数問の質問があった後、モニターにはいくつかの本が候補として上がった。表紙の画像と、その下には作者とあらすじ。スクロールすれば、数ページは試し読みもできる。AIによる分析で、一番私に合う本を選んでくれるのがウリのシステムだ。
「へー、これまさに……」
 提示された本たちはどれも私の好みに合うものばかりである。AIの精度が悪かった時は、イマイチな本も紹介されていたりもしたが、最近はますます精度を上げている。
 本を読むというのは、タイムパフォーマンスがいいとは決して言えない。動画は最初から再生時間が決まっている。しかし本は自分の読む速度によって、読了までの時間が変わる。私は大体、1冊読むのに5時間くらい。映画ならば2本と少しくらいは観れる時間だ。
 だからこそ本との出会いは慎重にならざるを得ない。自分の好みに合わない本を選んでしまったら、せっかくの時間がパーである。
 その点、AIによる本のマッチングはありがたい。多くの人は、このシステムの恩恵を受けている。AIによる最適な本がおすすめされることにより、本に対する購買意欲が喚起されてきた。出版業界の業績も上がってきているらしい。
「さてこの本は、どこに」
 気に入った本のところをタッチすると、丁寧に店のどの位置にあるかも教えてくれる。本を探す時間も短縮される。
 表示されている棚のところに行くと、その本はあった。完璧なAIによる、完璧な選書。過去の膨大なデータから算出されたことで出会った本。間違いなく私好みであろうことは、背表紙からでも伝わってくる。
 やがて、私はゆっくりと手を伸ばしてーーその隣の本を手に取った。それは私の好きなジャンルとも、私が求めていた読書体験ともかけ離れている。恐らくは、私はこの本を5時間くらいかけて読み、中途半端な満足度を得るのだろう。実に時間の無駄であり、生産性がない。
 だけど、私は時たまこうして、AIへの小さな反乱をしているのだ。
 セルフレジで会計を済ませて外に出る。実に実に小さな反乱の後に手に入れた本を、私はどこで読もうか考えながら町へと繰り出した。

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