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【ショートストーリー】居酒屋書店

 酒が、進む。それに呼応するように、ページをめくるのも速くなる。
「すいません、注文いいですか〜。『庭園雑話』1つ」
 近くのテーブルの注文が聞こえてきた。店員さんは愛想よくオーダーを取り、店の奥へと引っ込んだ。しばらくするとテーブルに文庫本が運ばれてくる。客は満足そうに本を手に取り、読みはじめた。
 ここは居酒屋書店。酒のつまみに、本を提供してくれる。
「すいません、生ビールお願いします」
「はーい」
 私も、空になったジョッキを持ち上げて、もう一杯注文した。今日はいつもよりペースが早い。
「お待たせしました。生ビールです」
 ドン、とジョッキがテーブルに置かれた時、読んでいた単行本は最終盤を迎えていた。私は軽く店員さんに頭を下げて、そのままビールをグイッと煽った。酒の力と、文章の力で、本の世界へと入り込んでいく錯覚を覚えた。
 居酒屋の喧騒は消え、私は古い煉瓦造りの壁の前にいた。目の前には、主人公とそのライバル。因縁の対決が繰り広げられる様子が、想像の中で生き生きと動いた。
 ページが進む。残りのページ数が少なくなったことに少しの寂しさを感じながらも、興奮はおさまらない。
 本を読む。酒を飲む。読む。飲む。読むーー。
「はー」
 私は息を吐き出して、グイッと伸びをした。ついに本を読み終えた。思考が現実の世界に戻ってくる。読み終えた余韻が心地よい。
 本を閉じて、テーブルの上に置くと、店員さんがやってきた。「読み終わったご本、お下げしますか?」と聞かれたので、「お願いします」と答える。店員さんはそのまま本を持っていき、奥の本棚へとしまっていた。
 さて、次は何を読もうか。メニューを広げれば、ズラリと本のタイトルが並んでいる。『店長おすすめ!』と踊るような書体で書かれている下に、今話題の小説があった。あまりにも話題すぎて、逆に変な捻くれ精神が刺激されて読んでいなかった。今日はいい機会だ。読んでみよう。
「すいませーん、注文いいですか?」
 店員さんがやってくる。
「この、店長おすすめの『真っ逆さまナイト』を一つ」
「はい」
 注文後、本が運ばれてくる。表紙にはちょっと凝った字体と、オシャレなイラスト。それだけで、期待が高まる。早く読みたいーー。焦る気持ちを落ち着かせるため、私はビールに口をつけ、ゆっくりと飲み込んだ。「ふぅ」と、ため息をつき、いよいよ本を開く。私はまた、本の世界へと旅立った。
 

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