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「今日もコピーが書けません」第13話:夢は買い切り
中堅広告代理店に勤めるコピーライターPは、真っ白な部屋にいた。4メートル四方の小さな部屋だ。机も椅子も真っ白である。まるで、精神病患者が閉じ込められる実験施設のようだとPは感じている。真っ白な扉が開いて、仕立てのいいスーツを着た男が入ってきた。
「Pさん、本日はお越しいただきありがとうございます。メディア・イノベーション局のAです」
「メディア局?うちの会社にイノベーションがつく部署なんてありましたっけ?」
「極秘なので、社内でも知る人は限られています」
「それをなぜ俺に?」
「新しいメディアをクライアントに広める際には、メディアだけでなく、そこに載せる素材、つまりクリエイティブが必要です。飲料や車やアプリなど、多様なクライアントの商材に対応できるということを示したいのです」
「その例みたいなものをつくればいいということ?」
「話が早くて助かります」
「でも新しいメディアって、どういうやつ?AIがらみ?電車の中とかタクシーとか、最近映像コンテンツが増えてるけど、どうも新しいメディアって感じはしないよね」
「新メディアは、夢です」
「夢って、あの、寝る時に見る?」
「はい、夢を広告枠にします」
「そんなことになってんの?今の技術って」
「厳密にいうと、音声に近い周波数の信号をスマホから発信する、という仕組みになっています」
「なにそれこわい」
「Pさん、音声アシスタントはお使いですか?」
「Siriとかアレクサとか?使うけど…」
「いつ話しかけても応えられる、ということは、24時間起動し続け、皆さんの音声情報を集めている、ということです。思い当たることはありませんか?友人と話していた商品やアーティストの広告がすぐに表示されたりする経験は?」
「ああ、あるある!あれってやっぱスマホに聞かれてるのか」
「もちろんです。そして、もう声を聴くのは充分です。これからは、人が寝ている間、寝息からレム睡眠を判定、本人にだけ届く周波数の信号を送って脳波をジャックします」
「おいおい、それっていいの?」
「現在、この手法を規制する法はありません。何より、国も政党も、このやり方を支持しています」
「もうそんなところまで話が進んでいるのか」
「はい、ですので、夢にCMとしてコーラを流すと、起きた瞬間に無性にコーラが飲みたくなっている、というわけです」
「いいのかなあ…」
「夢で見たということは覚えてないので、自分自身の意思だと本人は感じます。自由意志の尊重です」
「決定論的でなんだか好きになれないなあ」
「とにかく、夢に流すCMのフォーマット、枠の編成、納品形式など、詰めなければいけないことが山ほどあるのです。早速試作に取り掛かっていただきたいのです」
「う〜ん、俺がやらなくても誰かがやるだろうけど、やっぱり俺はそういうことに加担したくないかな。悪いけど、この仕事はお断りさせてください。CMって、興味ない人を振り向かせたり、ちょっとでも好きになってもらうところが楽しいのに、夢に流していつのまにか好きになってるんじゃ、つくりがいがないじゃない」
「なるほど、なるほど、よく分かりました。私たちは自由意志を尊重します。無理強いはできません」
「悪いね。ところで、国や政党って言ってたけど、もうクライアントの引き合いはあるの?」
「はい、アルコール、タバコ、カジノなどなど」
「なんか依存的なものばかりだなあ」
「心にも体にも悪い商材ほど、広告は名作が生まれますから」
「とにかく、俺はできない。悪いね」
Aはスーツの内ポケットから、銀色の球体を取り出し、何やら操作し始める。そこからは、モスキート音のような、高い周波数の音が聴こえる気がして
朝起きると、なんだかスッキリしている。Pは、急に分かった気がした。自分の人生の目標や、生きる理由が。昨日までは、ぼんやりとしていたことがすべてハッキリと見えているような、爽快な気持ちだった。
やるべきことは、我が社のニューメディアを世の中に広めること。私は、そのために生まれたのだから。
起き抜けの体は、無性にコカ・コーラを求めていた。
ありがとう!Thank You!谢谢!Gracias!Merci!Teşekkürler!Asante!Kiitos!Obrigado!Grazie!Þakka þér fyrir!