短編小説「歩く、歩く。」
誰か一緒に住む人なんて、しばらくは出来る予定はない。だから何かするかというと、そういう事もなく、一人、勤めている会社があるという理由で、知り合いがそんなにいない地方都市の町にあるアパートに住んでいる。
仕事以外の日は、家で映画を見るか、本を読むか。あとは、そうだな・・・どこかに出かける。「どこかに出かける。」の、「どこかに」に目的や明確な場所はない。まあ、要は散歩。
車は持っている。というか、車は必須だ。車がないと買い物行くのにも一苦労だし、少し前は近くのコンビニでさえ、車を使っていた。だから、車に乗ってどこかに行く時もある。
だけど、私はこの町について何も知らないことに、何年か住んで気づいた。
ここ最近の異常な暑さを扉を開けると感じる。こんな日に歩くなんて狂気の沙汰じゃないと思って、やめようと思ったが、まあ、少しくらい歩いても良いかなと思って、外に出る。
団地と団地は、さほど遠くもないが近くもない。その間には草木が生い茂っていれば、ちょっと道の向こう側に行けば、コンビニやなんらかの店があったりする。
とはいえ、人が密集している場所とは違い、車の音と自然の揺れる音はあるが、人は私だけ。そんな場所をフラフラと歩く。何だか最近、歩き始めたせいか、ここが住んでいる場所という意識がついたのを、景色が目に入る度に感じる。
しばらく歩いていると、車通りは少なくなり、自然の音だけになる。サワサワと音が流れる。木陰の下に入ると暑い風に涼しさが入る。しばらくそこに佇むことにする。心地がいい。
サワサワ、サワサワ、と音が流れる中でジッとしている。
何処かから、子供たちの声が聞こえてくる。
額の汗を拭い、声に反応して歩き始める。まあ、その声の様子が聞こえるな程度に歩いていると、すぐにその声の発生源に到達した。
ガレージでビニールプールにはしゃぐ子供達。BBQをしてビール片手に談笑する父親達。子供たちを眺めているようで、全てを統制している母親達。その母親達の姿が目に入ると、心の中で感謝の気持ちが湧き上がった。それは通り過ぎ、道に沿うように続く、家々を歩いていても残っていた。
しばらく歩く。
牛丼屋のドライブスルーに行列が出来ている。
「こんな暑い日には牛丼だ!」ありもしないキャッチコピーを考えてしまった。というよりも、こんな暑い日に牛丼はいいのか?もっと冷たいもの、そう、冷やし中華とかぶっかけそばとかあるだろ。
もしかすると、ハンバーガーショップに、今、行列ができているかもしれない。まあ、何を食べるのもその人の自由だ。
その車の列には、無表情、ちょい怒り気味のカップル。楽しげにマイクに注文している家族。受け取り口には颯爽と去る、働く男がいた。
私は何を食べるか、考えあぐねていた。
子供の頃によく食べていた青いアイスキャンディを買って、舐めながら歩いていた。やがて、溶けて落ちた。「ああ・・・。」と、思わず声が出る。心の中で「チキショ・・・。」と呟き、歩く。やっぱり買い直そうかなと思って、同じ場所を何往復かする。して、やめた。
やがて、周りに店や家があまりない、さらに緑と田んぼが広がったエリアに入る。
道路だけはやけに広く、よく飛ばす車がいる。と、同時に、そこは田んぼが広がっているのでトラクターがよく止まっている。今日は車もトラクターも一台もない。何もない。ただ、遠くから森林の音だけがよく聞こえる。それは落ち着くようで、どこかに吸い込まれるようで、私はその音に包まれた。森林の音が、より一人ということを実感させた。私の中にも、何かが揺らされているようにも感じた。何を揺らされているのかは分からないけど。
ふと、数メートル先に何か茶色い塊が道に落ちていた。ここから見ると乾いた泥のようにも見える。まあ、よくある事だろう。そう思って、歩き進む。
猫の死体だ。
私はしばらくそこにいた。分からない。何も考えなかった。ただ、そこにいた。
やがて、しゃがみ、猫に手を合わせた。
そのあと、市役所に電話をした。
自分のアパートの近くまで戻ってきた。意外にもさっきの猫の場所からアパートまで近かった。何だか、まだ帰る気が起きず、フラフラ、近所を歩く。
公園に入るとそこにはベンチに座ったおばあちゃんがいた。そのおばあちゃんの膝の上には猫がいた。偶然なのかさっきの猫と色が同じだ。おばあちゃんも猫もゆったりと眠っていた。
とりあえず、ベンチに座った。
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