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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 15&16

【前回】

●15
 その叫び声にウエストが驚いてランプを取り落としそうになった。

「もうゴメンだ!! 理屈がどうあれな!! こんなムチャクチャがあってたまるか? どこもかしこもジョーの首だそ? 俺様にもセルジオにもブロンドにも、どれも本人の首に見える!! 外にいる奴が持ってるのがまたジョーの首だったらな!! 俺は気が狂っちまうよ!!」

 ほとんど一息に言うと、トゥコは力尽きたように床にぺたん、と座った。

「本当はよ……今にも逃げ出したい気分だ……。だがこんな……ワケがわからんままじゃあ……なんというかよ……その……逃げ切れねぇというか……」

 投げやりにはなっていたが、俺もその気持ちは同じだった。
 そしてトゥコには、たぶんわざと言わなかったがもう一つ、恐れていることがあるはずだった。
 俺たちはそれを一番恐れていたのかもしれない。

 ウエストは律儀に、トゥコがぺたんと座る床にランプを置いた。トゥコは誰よりも顔に汗をかいていて、ボサボサの髪もバカみたいなチョビ髭もべとべとに濡れていた。
「ちくしょう……どうしたらいい……クソッタレめが…………」
 トゥコは喉から声を押し出した。奴の顔は元の浅黒い色から死人のような土気色になっていた。


 ……「クソッタレ」だ。
 ジョーみたいな奴のことをどう呼んでやればいいのかわからなかったので、俺たちは「クソッタレのジョー」と言っていた。
 ただ「俺たち」とは言うものの、不愉快なことに5人の頃は、ジョーを「クソッタレ」だと思ってそう呼んでいるのは俺とウエストだけで、トゥコもブロンドもモーティマーも、単に「ジョー」としか呼ばなかった。多数決であれば負けの状況だ。
「ああいう妙な奴が西部に一人くらいいてもいいだろう。敵対した時に、潰しがいがある」
 無口なモーティマーが珍しく俺に言ったことがある。俺はあぁ、まぁ、そうだな、と答えたが、同意したのは「潰しがいがある」の部分だけだった。


●16
「クソッタレのジョー」の、いわば正しい呼び方。それを教えてくれたのはダラスだった。
 カンザスのはしっこで、6人で野宿した夜だった。ダラスには生まれてはじめての野宿らしかった。
 涼しい晩だったが、コヨーテ避けに火は絶やさずにいた。俺とダラスだけが起きていた。
「そりゃああんた、そういうのは“義賊”って言うんだよ」
 ダラスは太っている上に動きも鈍く、拳銃もろくに扱えないオヤジで戦力にこそならなかったが、金持ちどもの考え方や知識、それに学と“常識”をよく身につけていた。
 もちろん、学や常識などは俺たちにはさほど必要のないものだ。でもどんなものだってこのあたりじゃ、ないよりはある方がいい。実際それらは、一時期の俺たちに大層役に立った。
「私もそのジョー・レアルって男の話は知っているがね、本当かどうかは知らないが、奪った金のほとんどは貧乏な村や先住民どもに分けてやってるらしい」
 俺はムッとした。どういうことだ?
「どういうことだ?」考えた通りに言った。「たとえば……貧乏人や同志を仲間につけて……近いうちに大人数で保安官の家や銀行でも焼き払おうってのか?」
 ダラスはちょっとだけ気まずそうに太い指で焚き火に枝をほうりこんだ。ダラスは元銀行員だ。
「…………ジョーの気持ちなんてのは私には皆目わからんがね、まぁそういう、金持ちから奪って貧乏人に配る、ってのを“義賊”って呼ぶんだ」
「俺ァそんな、高そうな名前じゃあ、呼びたくない」
 寝ていたと思っていた一人がゴロリとこっちに寝返って呟いた。「クソッタレのジョー」仲間のウエストだ。
 高そうな、じゃなく高級な、じゃないか? と直してやるため口を開きかけて、俺はやめた。
 暗がりの中にウエストの黒い肌があり、さらにその真ん中に真っ白い目が一組、細く、鋭く、下弦の月のように光っていたのでたじろいだのだ。

【続く】

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