【怖くない話】 悪魔と貧困 【「禍話」リライト番外編】
禍話の相槌担当で、映画ライターのお仕事もやっておられるKさん。
Kさんは変わった人がいると「どうしたのだろう?」と寄っていってみたり、トラブルが起きていると「まぁまぁ……」と仲裁に入ったりと、大変に優しく、チャレンジングな方である。
今回はそんなKさんが「英語」に絡んでチャレンジングなことをやった話をふたつ、ご紹介したい。
① 悪魔
2018年の夏のことである。
Kさんは故郷・北九州に帰省した。
先輩で、禍話の語り手であるCさんと久しぶりに会い、旧交をあたため、飲食店で夕食をとってから夜の街へと出た。
出た途端、2人の口から言葉がついて出た。
「うわぁ~そっかぁ」
「今日って13日でしたねぇ」
繁華街はいつもの数倍、人でごった返していた。
その日は市の花火大会、しかもちょうど終わった時刻であった。
花火を見て帰る浴衣姿のカップルや家族連れで道はいっぱいだった。蛇行しないと歩けないほどである。
2人は「すごい人手だなぁ」「いやぁ間が悪かったですねぇ」などとこぼしながら、人混みの中を歩いていく。
ネオンの灯る大通りは、行き来する人ばかりではない。
「はい今サービスタイムで~す。ビールこの値段ですよ~」
「座敷上がれますよ。どうですか休憩、皆さんで。ね?」
腰にエプロン姿、ベストに蝶ネクタイ、ボードやメニューを掲げて呼び込んでいる。客引きである。
が、さっきおなかいっぱい食べたばかりの2人には無縁の人々であった。
通行人をかき分け、客引きをやり過ごしながら進んでいった道の先。
「先輩、あれ何ですかね?」
「ん?」
どう見ても通行人でも客引きでもない人が、通りすがる人々に声をかけていた。
小柄で、きちっとした服装で、メガネをかけている。真面目そうな女性である。
客引きでない証拠は見た目だけではない。
女性が声をかける相手は、花火の帰りで浮かれている感じのしない人たちだった。ひとりぼっちか二人組、仕事やバイト帰りのくたびれた様子の人間ばかりである。
加えて、口から飛び出ているのは英語だった。ガヤガヤとした人波の中で、異国語は目立った。
先輩であるCさんは、「うわぁ、なんだろうね」と答えた。
何かの勧誘っぽいな……。こっちはちょうど男ふたりだし、呼び止められたら面倒だなぁ……。
嫌な予感は当たった。近くまで行くと女性はこちらに目標を合わせ、寄ってきた。
アジア圏の訛りのある英語で「スイマセン」的なことを言い、CさんとKさんに語りかけてきた。
わぁ来た。知らんぷりしとこ……。Cさんはスルーして立ち去ろうとしたものの、隣にいたKさんが囁いてきた。
「先輩……あの人、何を話してるんでしょうかね?」
「いや、知らんけど」
「ボクちょっと、聞いてみますよ!」
「えっ、Kくん?」
Kさんは女性の前まで進んでいった。
うわぁ、やめときゃいいのに……と足を止めたCさんは、2人のやりとりを見守っていた。
「ペラペラペラ、ペラペラ? ゴッドがムニャムニャ」
「ふんふんふん、うんうん」
「ムニャムニャ、ペラペラ、救う、ナンタラカンタラ」
「うむうむ、なるほどね」
「ウンタラカンタラ、アリガタミ……」
「うんうんうん、なるほどなるほど」
Cさんにもかろうじて、宗教の勧誘らしいことがわかった。
宗教かぁ……厄介なところに飛び込んじゃったなぁアイツ……。
20秒ほど女性の言うことを聞いていたKさんだったが突然、片方の手の平を相手に向けた。もうお話は大丈夫です、という身ぶりだった。
その直後に言った一言が、そばで聞いていたCさんを驚愕させた。
「ノー・サンキュー アイム・デビル」
申し添えておくとこれは、
「結構です。私は悪魔です」
という意味である。
Kさんは念を押すように「アイム、デビル」と繰り返した。そして呆気にとられる女性とCさんを残して、すたすたと先へ行ってしまった。
「いやいや! ちょっとKくん!?」
Cさんは追いすがって、後輩を道のすみっこに引き寄せた。
「今のは、なに?」
「いやまぁ、断ったんですけど」
「そうじゃなくてね」
「宗教のアレだったみたいで……セイブ・ザ・チルドレン、セイブ・ザ・ナントカって」
「そうじゃなくてさ?」
「あっちのビルの4階でもっとありがたい話が、と言われたので」
「違う違う! 『デビル』って?」
「あぁ、それですか?」
Kさんは少し思案顔になった。
「宗教の勧誘だなとわかった途端に興味が失せたんです。でも『ノーサンキュー』だけじゃ物足りないな、って。そこで浮かんだ英語が、『アイムデビル』だけで……ね!」
Kさんは頷きながら答えた。
「まぁこの答えで挫けるようだったら、勧誘としてはダメですよね。うん」
…………。
なんだ、この男は……。
Cさんは畏怖すら感じたそうである。
② 貧困
これは2019年、春の東京、Kさんが会社から家へと帰る途中の出来事である。
Kさんは地獄のように疲れた体を引きずりながら、駅を出て街中を歩いていた。
「今日もキツかったな……。明日もキツいな……。明後日も……」
などと思いながら弱った足を前へと出していると、進行方向にニュッと、白人のおばさんが出現した。
ん? 誰?
おばさんは体の脇に筒を下げている。中にはペラッペラの、やっすい作りの日本の国旗が数本入っている。
彼女はボードも下げていた。日本語が印刷してある。
……どうやら募金か何かの類らしいな、とKさんは考えた。
ちなみにコレは、お金を恵んでもらいながら世界各地を旅行する不届きな者の手口であるという。
本当に障害があるわけではない。お金を出す人にも、本当に耳が悪い人にも迷惑千万なやり口なのだ。
「バックパッカー」をもじって「ベッグパッカー(物乞い旅行者)」と呼ばれている。
ともあれKさんは、そういう人々や手口を知らなかった。
では優しいKさんのこと、そうですか、と500円を出して国旗を買ったのかと言うと……そうはならなかった。
ないのである。
お金がないのである。
Kさんは日々の労働に苦しんでいた上に、ちょうど現金の持ち合わせがなかった。サイフの中には十円玉とかしか入っていないのだ。500円どころではない。100円もない。
お金が、ないのである。
だがここがベッグパッカーの悪辣なところで、「聴覚に障害がある」というボードの文言が効いてくる。
「すいません。それは買えません」
と日本語で、あるいは英語などで断っても、耳が聞こえないのを装って
「ワカラナイ…… ワカラナイ…… 買ッテクダサイ…… オネガイ……」
というような表情でつきまとえば、払ってしまう人も出てくる。耳が聞こえないだけでなく喋れないという雰囲気も出しているので、なおさら無下にしづらい。
しかし繰り返すが、ないのである。
お金が、ないのである。
困ったKさんは、ボードを見せつけてくる白人女性を眺めて考えた。
この人は、40代か50代であろうか。
日本に来ていて、そのくらいの年齢の女性となれば、英語をまるで知らない、ということはないだろう。
それならば、ごく簡単な英語をゆっくりと言えば、仮に英語圏の人でなくとも、口の動きでどうにか伝わるのではないか?
うむ。
Kさんは十円玉以下の小銭しか入っていないサイフを、女性に向かってガバリと開いた。
そして言った。
「アイ アム ベリー プアマン
ノーフューチャー ノーフューチャー
ノーマネー イェア」
申し添えておくとこれは、
「私はとても貧乏です。
未来がない。未来がない。
お金がない。イェア」
という意味である。
女性はサイフの中身とKさんの顔を交互に見た。
そして言った。
「Oh…………」
えっ聞こえないし喋れないんじゃないの? と言いたくなるのを、Kさんはガマンしたそうである。
詐欺師まがいの人間にマジで同情されたという可能性もあるが、ここではまぁ、そのことは考えないことにしておきたい。
【完】
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◎このどてらい話の主役にして「禍話」の相槌担当、そして雑誌やウェブでお仕事をされている映画ライターでもある 加藤よしきさん
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妥協しない資料集め。無駄がなく簡素なのに熱さを秘めた文章。にじみ出る優しい眼差しと「さすがにそれはどうなんだろう?」というあたたかいツッコミ──。
テーマは書名と表紙の通り、誰もが知っている映画スターたち。スタローン、ドニー・イェン、ニコラス・ケイジ、トム・クルーズ……
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そんなスターたちの半生を、「血の通った、あったけぇ文章」を書く加藤さんが丁寧に、かつユーモラスに紡いでいます。まさに『元気の出る』一冊と言えましょう。
こういう冷静さとあたたかみのバランスがとれた文章が書ける映画ライターさんは、そういないと思います。
なんと連載時の原稿に、「2022年のスターたち」を加筆した充実の内容。心が乾くような出来事の多い2022年夏、心のオアシスとして是非、読んでみてください。
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」(※本来は怖い話をするんです)
震!禍話・二十一夜 と 禍ちゃんねる・平成最後の怖い話スペシャル より、編集・再構成してお送りしました。
なお加藤さんは、「以前いた職場の上司から『お前には悪霊が取り憑いている』と叱られる」などの、特別な訓練を積んでいます。変な勧誘には気をつけてください。
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