とんでもハネムーン記(前編)
1.飛び立つ先
高校を卒業し、関西で一人暮らしを始めたときには、家事のひとつも満足にできなかった私である。
洗濯機のボタンの押し方から戸惑っていたし、自炊も気が向いた時にしかせず、整理整頓も大の苦手であった。
しかし!そんな私も2009年に晴れて結婚することとなる。
おおよそ同じ温度で物事をとらえる私たちは、結婚願望も結婚式願望もなかったのだが、両親たちや親族の想いに応える一心で、小さな挙式は行うことにした。
動画・写真撮影を当時のバンドメンバーにお願いしたのだが、人生で一度きりの白無垢で登場した私に
「R-1の決勝やろ?」
といったメンバーの言葉は墓場まで覚えていてやろうと思う。
本来はお色直しも興味がなかったのだが、
「ご両親たちにサプライズでドレスも着てはどうですか?」
というプランナーさんの言葉に、まんまとその気になってしまい、縁もゆかりもない、着付けのお婆ちゃん先生が張り切って選んだ真っ青なドレスに身を包んだことを思い出す。
この時にも忘れられないハプニングが脳裏をよぎるが、"今回はハネムーンの話に集中したい"と自分の脳に言い聞かせる。
新婚旅行だけは最初から前のめりだった。
この寒空の中で式を挙げた直後に、常夏の国へ飛び立つことは決めていた。
候補としてはイタリアでイタリアンを食い倒れるという案もギリギリまで残っていたのだが、私たちは、より現実離れしようと
モルディブ共和国
に足を踏み入れることにした。
2.マーレ到着からイルフシまで
値段なりにも安価を狙う私たちは、シンガポールでのトランジットを挟んだ、現地フリープランでの申し込みをした。
この際に航空会社はここにした方がいい!!と父にゴリ押しされたシンガポール航空で予約した。
非常に美しい添乗員さんたちが常に笑顔で対応してくれ、アンケートにハネムーン利用と書いたからなのか、フライト中に小さなクマのぬいぐるみと、"HAPPY HONEYMOON"と描かれた、歯が浮くぐらい甘いケーキが運ばれてくるほどのサービスの良さを体験した。
シンガポールに到着すると、3時間ほどのトランジットがあったため、本来であれば一旦現地のコーディネーターと合流してプチ観光ができることになっていた。
ところが………
飛行機を降り、ゲートを通過したらよくある光景のように、パネルでも持ったスタッフがいるとばかり思っていたが、気づくとかなり広い空港内を自由に歩いてしまっている。
あれ?どこで合流するんだ??
もうもはや右も左もわからなくなり、旅を予約した会社経由でコーディネーターに連絡を入れてもらい、なんとか到着している事だけは伝える事ができた。
全然出口がわからないので、もはや出発まで空港内を楽しむことに。行き先を相談している時点では、
「海外なんか行きたないわぁ〜。国内旅行で十分やわ。」
と言っていた旦那を、なんとか説得して連れてきた旅でもあったが、一度出てしまえば気分は上々。
何もかもが新鮮で、私以上にテンションが上がって見える。
時差ボケも少しずつ出てきている私たちは、
おかしなテンションでおかしな時間に、売店一押しで販売されていたタペストリーみたいにデカい珍味を頬張って喜んでいた。
お腹いっぱいになって、数時間のトランジットを過ごして首都マーレに到着したのは深夜。
しかも、翌朝、飛行場までの送迎バスがホテル前に到着する時間まで、ほんの数時間仮眠が取れる程度しかなかった。
ところが………、
人の気分というものは実に根拠のないものに左右される。部屋に入った私たちは、
すごくきれいなホテルやなぁ!
(大丈夫起きられる。)
せっかくやし、風呂あがりはバルコニーで景色眺めようかぁ。
(大丈夫、気分が良いから、起きられる。)
あと数時間も眠る事ができない人々だとは思えないほど優雅な時を過ごしていた。
-------------------------------------
翌朝…。目覚めること、集合時間ぴったり。
信じられないほどの大寝坊である。
フロントに慌てて連絡をするも、当たり前に私たちは置いていかれる事になり、自力でバスに乗って、水上飛行機乗り場まで来るようにとのことだった。
元々厳しい部活時代を過ごした私は5分前行動が染み付いているはずだった。
そんな習慣も、異国の地と高揚した気分で、信じられない事態を連発していた。
飛行場は結構混雑していて、もしかしたら先に行った人たちに合流できそうな気もしたのだが、日本人らしき人は見当たらなかったように思う。
待ち待って、ついに自分たちの宿泊する、イルフシ行きの飛行機の搭乗準備が整った。
他のツアー客たちがどんな飛行機で向かったかわからないが、時間に遅れた私たちは搭乗席は6席ほどと、コックピットに扉も無い、非常に小さな水上飛行機に乗り込むことになった。
今でも忘れられないのは、
パイロットはそれらしい制服を着ていたが、下は短パンにサンダルだった事だ。
何ともブリキのような音と共に水上を飛び立ち、機体が大きく揺れる度に、パイロットの涼しげな足元に目が行く一行であった。
この後、無事にイルフシに到着するが、想像を絶する数日間になる事を、この時は夢にも思わなかった。
---つづく---
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?