雨粒になった男。

はじめ、青年は自身が溶け出していることに気付かなかった。極めて実存的に溶け出すという、可能性すら考えていなかったから仕方がない。青年は、全身の毛がはらりと抜け落ちてようやく、自身の身体に異変が起きていることを悟った。しかし、その頃青年に為す術は残っていなかった。青年は目眩がして倒れ込んだ後、ゆっくりと溶けていった。まるで、水溜まりに雨粒が吸い込まれていくように。やがて濡れた衣服だけが床に残された。

青年は揮発し、遙か空へ上昇していった。青年のイデアは微かに残っていたが、状況はまったく理解できていなかった。青年は雲の一部となってようやく、自身の置かれた状況を捉え、ひどく現状を憎んだ。青年は至極全うに生きてきたから無理はない。青年は運命を呪い続けた。

そうするうちに、その雲は溶け出し始めた。青年がにやりと笑った時、その一滴は地表に向かって降下を始めた。雨粒となった青年は、人間を穿つことを希求した。

もし、あなたがその貴重な個体を奪われたくなかったら、雨降りの日には傘をさしたほうがいい。


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