母の爪痕。

先生。遡って恨む事はないのですが、私の背中には母の爪痕が刻まれております。母は爪の長い人でした。その長い爪を、毎日数時間は鑢で磨いているような人でした。要するに、普通ではなかった。普通でない女が遍くそうであるように、彼女もまた社会のはぐれ者に没入し、壊れていきました。

母は時々家へ帰ってくると、私を必ず嫐りました。それが母の歪な愛情表現だと気づくことが、十代の私にどうしてできたでしょうか。分かっていても、その痛みを甘んじて受け入れることなど到底できません。私は激しく反駁しましたが、彼女は極めて情緒的な女であるからそれは不毛でした。私は半ば諦めるように、母に引っ掻かかれるが儘に過ごしました。人形のように、妾のように。

先生。また、晩秋が私を苦しめて離しません。枯れ椛が風に舞い、私の前に落ちます。椛は、私に母の爪を想起させます。私の背中は疼き、木枯らしに当てても熱を持って私に反芻させます。母の爪の感触を、その痛みを。

先生。私を抱いてください。先生。


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