蜘蛛の子。

母親に捨てられた少年は、部屋の隅に巣を張る蜘蛛に育てられた。少年は、蜘蛛からあらゆることを学んだ。蜘蛛は少年のあらゆる質問に、答えの概形を示し、少年に理解を促した。少年は、八本足の使い方と糸の吐き出し方を除けば、蜘蛛から学ぶべきことを全て会得した。

蜘蛛が動かなくなっても、青年(すでに少年の心身は成熟していた)は蜘蛛の声を聴くことができた。その時、青年は蜘蛛の声が自分自身の声であったことを悟った。青年は揺れ動く自我の歪みを、あの蜘蛛に仮託していたのだ。しかし、青年が悲しむことはなかった。結果として、青年は蜘蛛からあらゆることを学んだし、それが蜘蛛でなかったのならば今の青年は存在し得なかったからだ。

青年は蜘蛛に墓標をしつらえ、今でも盆には手を合わせている。


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