ネクタイ。

ネクタイが上手く結べない。大学の卒業式以来結んでいなかったから、無理はないかもしれない。あの日は、冬に取り残された雪が舞っていた。およそ八年前の出来事だ。八年! 栄枯衰勢を詰めきることだって可能な、途方もない時間だ。

しかし、僕の八年はあっという間だった。毎日拙い文章を書き、安い酒を飲んで、少し高い煙草を吸って眠った。時には行きずりの女に入れ込む時期もあったし、希死念慮と添い寝る夜もあった。たった今僕に残っているものは、僕自身でしかない。何者にもなれない、唯自分であること。苦しくも悲しくもない。諦念。ドーナッツの穴のような僕の心の空白はそいつで満たされていた。

ネクタイを結ぶ。夢を諦めるために。喉仏を抑えるために。僕は強くネクタイを結ぶ。僕は屍となって、誰かの階段になる。ネクタイの数だけ、その階段は高くなる。

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