嘔吐。
繁華街の片隅で、嘔吐している青年がいた。
「あの子、どうしてああなるまで飲んだのかしら?」
テラスは夏夜に少し暑かったが、彼女は煙草を吸えるだけましな様だった。
「きっと、自分のキャパシティをまだ測っている途中なんだよ」
「自分のキャパシティなんて、最初から本能で分かるでしょうに」
「誰もが君みたいに自分を客観視できている訳ではないんだよ」
「ふうん」
彼女は煙草の灰をなかなか落とさないから、僕はそれを見ていつもひやひやしている。
「そういえば、サルトルに『 嘔吐』っていう小説があったわね」
「そうだね」
「人の嘔吐を見てそれを着想したなら、サルトルって趣味が悪いわね」
「確かに。そうだとしたら、悪趣味だ」
青年は道端でうずくまっている。蝉の抜け殻みたいだな、と僕は思った。そして、それはある意味で、嘔吐の一つの形なのだ。