高橋の条理。

「つまり、僕は先輩と寝たんだよね」

高橋の口から秘密が零れ落ちた。高橋が大切に匿った秘密を吐露するのは、これが初めてだった。彼は秘密を誰かと共有せずとも慈しむことができたし、下卑た話しに積極的に与するようなことも決してなかった。少なくとも、酒にのまれてそのダムが決壊するようなタイプの人間ではなかった。

「それはつまり……先輩が別れた後に、ということ?」

「いや、そのずっと前から。ぼちぼち数回」

しかし、彼の堅牢なダムをもってしても決壊してしまえば無力だ。水はひびに押し寄せ、亀裂は広がっていくばかり。なぜあの夜、唐突にその崩壊が起きてしまったのか、高橋自身にも知る由がない。何かの拍子、としか言いようがないのかも知れないし、余りにも複雑な要素が絡み合っていて混沌としているのかも知れない。

「……とても複雑、な気分だよ」

「君も頼めば、一夜くらいは共にできるんじゃないかな」

高橋は世界の形を簡単に変えられることを知り、とても興奮をした。あるいは、その夜のように。


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