胸骨柄。

私は高校生の頃から、胸骨柄が病的に好きだった。男性を見る基準はいつもそこだった。顔立ちとか内面とかは正直どうでもよくて、どれどけ蠱惑的な胸骨柄を携えているかが重要だった。高校生の頃、私が初めて男性の裸を目の当たりにした時、私は胸骨柄しか見ていなかった。目を奪われるとはまさにこのことだ。私はそれ以来、折にシャツの襟から覗く胸骨柄に、舐め回すような視線を向けることとなった。

印章的な胸骨柄は、頭の中で何度も反芻した。地理の先生、バイト先の先輩、いつかの電車で斜向かいに座っていたお兄さん。私は美術大学に入学し、ひたすらに理想の胸骨柄を描き続けた。鉛筆、水彩、水墨……ありとあらゆる手法を試み、世界で一番セクシーな胸骨柄を表現することに心血を注いだ。

ある夜、刹那的に私は気付いた。つまりは、あの窪みがたまらなく好きなのだ。胸骨柄自体が好きなのではなく、あの窪みが好きなのだ。その夜以降私は絵をまったく描けなくなった。でも、生きていればそんなことばかりだ。私は一切の筆を置き、その窪みを愛していた。


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