遺書の束縛。

彼女の遺書は、大衆の眼前に曝された。僕は彼女の名前を書店で見る度に、背筋に氷柱が走り、動悸を押えることができなかった。それは、僕だけに向けられて書かれた物語であったからだ。

彼女が刹那的な最期を迎えた時、僕は思わず胸を撫で下ろした。彼女はそういうタイプの人間だったのだ。関わる人全てを狂おしくさせたが、それは筆舌にしがたい摩耗を強いた。僕は彼女を確かに愛していたが、それはその背後に潜む胡乱な感情をも引き受けることを意味していた。

彼女の遺書が文学賞を受賞した時、僕は天を仰いだ。彼女は死してなお、僕に影響し続けるのだ。彼女の才能は、それ程までに強力で畏怖に近い何かを憶えさせた。

僕は本屋に並ぶ彼女の小説を、最初で最後の小説を見る度に、泥濘に足を奪われるような感覚に陥る。遺書の束縛。天才は周りをも狂わせるのだ。


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