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暗証番号。

僕はPCの画面の前で項垂れる。この仮想空間には、数億円もの資産が眠っているのだ。しかし、たった四桁のカギが見つからない。

親父はあまりにも突然に死んでしまった。唯でさえ何も遺さないタイプの人間であったのに、予期せぬ死は最低限の残滓を残すことすらも許してくれなかった。カギの手がかりすらも、僕は知る由がない。

親父は、ありきたりな思考回路を持ち合わせていない。生年月日とか、記念日とか、そういったいわゆる暗証番号を設定していてはくれなかった。勿論、そういう外れた思考がこのような富をもたらしたと言うことも出来る。しかし、カギがなければこの資産は記号に過ぎないのだ。僕は項垂れている。

あと一回のミスで中身は凍結される。僕の判断で、世界から意味のある金額が失われるかもしれないのだ。僕は、一生懸命考えた。ふと、自分が置かれている状況が、経営破綻を控えた社長と同じであるような気がした。親父が口酸っぱく諭した故事と言えば…8602、エンター。

山一證券のかつての株価コードを暗証番号にする人は、親父くらいだろう。そして、それに思い当たる人も、親父の息子くらいであろう。


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