グラスの底の世界。

君は、グラスの底の世界が好きだった。ウイスキーを勢いよく喉に突き刺し、そのままグラスの底越しに僕を見つける。

「みぃつけた」

君の蠱惑的な聲を、僕はこの上なく愛おしく思っていた。

君と僕のすれ違いがいつ始まったのかを知る由はない。結んだ糸のほつれは、僕が関与していない場所で行われたみたいだった。僕は君が消えてしまったと思い込んだ。けれど、人の痕跡は残酷なほどに消えやしない。僕は幾度も君の影を踏み、君の残り香を煙草でかき消そうとした。僕は君を憎みさえしたのだ。運命のいたずらを、その無慈悲さを憎んでいた。


独りで酒を飲むようになった。グラスの底の世界に、もう君はいない。減らないチェイサーを、虚ろなその世界に落としこもうとしたけれど、氷の溶ける音がそれを許してくれなかった。

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