無形。

形あるものを壊したい、という欲求がこれまで私をずっと支配してきた。世界は形あるものばかりで構成されているから、私はその欲求に誘惑され続けた。私は無形に安堵するようになり、思想であったりフィクションであったりを愛好するようになった。

初めて男を知った時、本能的性的な欲求も相まって、私は私でなくなりそうな欲望に支配された。男は筋骨隆々な体躯で、とても美しい形をもっていた。私はその甘美な肉体を殴打し、紅く染め上げたいという気持ちで一杯になった。人が欲望に支配される瞬間を、悪魔はよく観察している。私は私でなくなり、悪魔が私に住み着くようになった。

深淵を覗いてしまった私は、形あるものを今まで以上に厭悪するようになった。深淵に覗かれた私は、自らの輪郭を憎むようになり、目を瞑ることでしか無形を感じることができなくなった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?